畑尾和美 トップイメージ

「いちりん、にりん - 九月の朝顔 -」 7/1-13 SEWING GALLERY
期間中は7/2、6、7、9、12、13ギャラリーに行きます。

12日には「九月の朝顔」朗読会を予定しています。まだまだ慣れないことですが、もしお時間よろしければ覗きに来てください。詳しくは隣のお知らせにて。 予約はいりませんので、気楽にご参加ください。

2008.07.04.fri 「いちりん、にりん 4日目」
朝起きて何か変だなと感じたら、また扉の間にハエが大量発生。一匹、二匹、三匹と。どこからともなく現れます。でも、前と違うのは、私自身。あっ、またや。ぐらいなもんで。「隙間はガムテープでふさいだし、どこから来るんやろ」くらいの大らかな自分に気が付きます。二、三匹叩いて、後は「もう、しゃぁない」と台所には来ないようにと扉を閉めて家を出ました。前よりましとは言え、少しは気になります。でも、表紙の仕事のラフ画にオッケーが出るかの方が気になっていました。
家に帰って、すぐに扉の間をノック。そろり、そろり、扉を開けると、一匹だけが飛んでいます。夜になるといなくなるのは知っていました。たらしっぱなしのハエトリリボンで10匹ぐらいやられていて、おぞましい光景。やっぱり昼間はえらいことになっていたようです。それでも、不思議と前より焦りのない自分に驚きます。人は経験で成長するのです。
ハエより気になっていた仕事。昼にコンビニでFAXした表紙のラフ案の方もオッケーだったのですが、ベースとなる和紙の在庫が無くなっていることに気づいてませんでした。いつも10枚くらいまとめて買っているのに、個展のことばかりで頭がいっぱい、チェックするのを忘れていました。明日は中島くんがギャラリー当番なので、仕事の作業をして、原画を送ってから交代するつもりでした。しかし、朝から紙を買いにいって、色づけして、乾かして、刺繍をして、とかなり時間のかかる作業の日になりそうです。もしかしたら、ギャラリーは中島くんにお願いするかもしれません。材料の管理が出来ていなかった自分が悪い。失敗しました。
10月の展示の日を決めました。10/1 〜5 DOOR(松江)にて。いつまでもずるずる悩んでいてはいけないと、今日の昼に決めました。期間中には朗読会と、松江の人との何らかの会をするつもりです。展示中は松江に滞在、ホテル暮らしを考えているので、またいろいろDOORの香苗さんと考えて行くつもりです。タイトルは一応、仮なのですが「左手も添えて」です。まだ、まとまらない文章を、朗読をしながら温度のある言葉にしていきたいです。

2008.07.03.thu 「いちりん、にりん 3日目」
父からもらったオンシジュームの黄色い花が咲きました。もしかして、と思って楽しみにしていたオリーブの実は赤ちゃんのまましぼんでしまいました。椿野さんにもらった朝顔の種は二回目で芽が出て、いのくまの朝顔と呼んでいる我が家の格子の朝顔は成長しています。
とにかく、考えすぎの性格で、考え出したら止まりません。とくに、心配ごとの方は坂を転がるように拍車がかかります。ちょっと思ったことで、答えが見えないからと、だんだん、どんどん、心配になる。そのうち気になって仕方がない。今日は、一日中あることを考えていました。それでも、大丈夫やってきっと、と自分に言い聞かせつつ。そして、夜にその心配ごとの本人から連絡。考えすぎだということが、自分に対する反省に代わります。もっと信じることです。信じてる 「んですけど」では失礼なことなのです。そんなことを思っていると、夜から雨。日中は曇り空でも晴れていました。ギャラリーの方はゆっくりだったけど、何人か来てくれたようです。
今日は夜に、バイエルで“おんさ”のチラシの折る日。だというのに、仕事の書類が届くから休ませてもらいました。みんな、がんばっているのに申し訳ない。今日は、なんとなく反省の日であります。
本日、来てくださった方。お会いできませんできたが、ありがとうございました。

2008.07.02.wed 「いちりん、にりん 2日目」
今日は星ヶ丘。期待以上にたくさん来てくれて何曜日かなと考えてしまいます。会社の方、星ヶ丘によく来てくださる方。一年前に展示を観て下さった方に「お久しぶりです」と私から声をかけると「覚えていてくれたのですか」と笑顔。七夕の繋り、また来てくださることに感謝です。ナナエさんやシャムアの松橋さんと、秋山さんもゆっくり観てくれました。毎年、同じ場所で、同じ季節に行う緊張感があります。でも、昔から私を見てくれている人へ、続けると言う自分の意志を伝える機会のようにも思います。終わりがけ、永井さんも電話をくれました。本当は展示を観て欲しかったけど、観てもらったら観てもらったでまた緊張なので、まぁまぁ、仕方がないと受け止めます。でも、連絡をもらえるだけでも嬉しいです。そして、今日は短冊の郵便が5、6通届きました。知っている人、知らない人。嬉しいことです。まだ、まだ、間に合うので、ぜひ送ってください。
今年も展示のための音を中島くんにお願いしました。余韻を弾くというピアノの音は、落ち着きのない私をいつでもリラックスさせてくれます。自信なさげにもらったのですが、展示を観てから作ってくれているので作品に寄り添います。いつもながら感謝です。日が落ちてからの作品を眺めて、出来たばかりの音が染みこむのを感じました。明日も好い日でありますように。今日という日に感謝です。
家に帰ると新潟の昌代さんからお菓子と短冊が届いていました。来年の夏以降、新潟で朗読会をしようと考えています。言葉に温もりを。その一歩としていろんなところで朗読をしたいと思います。来てください、一緒にしませんかと言ってもらったら、いろいろ考えていくつもりです。でも、まずは新潟。ひとつの出会いを大切にしたい。そんな気持ちを持って考えて行きたいと思っています。

2008.07.01.tue 「いちりん、にりん 初日」
今日は仕事。好い天気だから、ギャラリーにも好い風が吹いているのだろうと想像します。今回の展示を考えるにあたって「光と風」が頭の中にありました。朝、朽ちた畳に光が差している。夜、窓にかけた布が揺れる。家が呼吸し、私も呼吸を合わせます。暮らしを描き、光と風を感じられる空間をつくりたい。
作品に使っている布は、今の家に網戸がないからムシが入らないようにと掛けているのと同じ素材を選びました。実際はスカーフなのですが、目があらいので布ごしに洗濯ものやベランダの景色を見られるのも心地よく、生活の一部になっています。今回「暮らしを描く」と考えた時、素材をどうするか悩みました。ある日、毎日、見て触っている布に自分の日々を描くイメージが重なりました。実際に展示を観て頂くと分かると思うのですが、目はあらく向こう側が見えるくらい糸が重なりあっただけの布。針を刺すというより、通り抜けてしまう。玉留めもひっかからない。玉留めをのりで付けたり、くくりつけながらとか、いろいろ試しました。「あかんかな」と思ってからの「もしかして」というひらめきは結構上手くいくようで、一度くじけてみるのも後々の「やってよかった」に繋がります。私は個展をする際、作品のひとつひとつではなく、その空間で作品と人とがどう重なるかをイメージします。揺れる布、その向こう側を歩く人。眺める人の向こう側、風が吹き、光が差して、時にかげる。作品と自然が重なった景色。個展は始まったけど、展示は完成していません。最終日まで、日々の天候、いろんな人との出会いによって、展示は形を変えるのだと思っています。
明日はギャラリー当番です。搬入から一日経ち、落ち着いて観る作品。どうやろかと少し緊張しています。今日もずっと気になっていたので、早く作品のそばに行きたいです。

2008.06.30.mon.pm 「七年目のありがとう」
星ヶ丘に11時半ごろにつきました。まだ、体操をしているしギャラリーに来てからでないと出来ない作業のつづきを台所でします。ギャラリーが開いてから、掃除をして、荷物を広げて、また作業。しばらくすると中島くんが来てくれました。今回は自分の頭の中の形をギャラリーでどう展示するかでかなり悩んでしまい、手伝って頂けるようお願いしました。煮詰まった時には人に相談するべきなのだと再確認。的確なアドバイスと提案で、最初イメージしていた形に近付けてくれました。感謝。全体的に中島くんのお陰です。
そして、えみさんと今日までに集まった短冊を桜の木にかけました。一枚一枚、枝や葉っぱにかけていく。毎年、この静かな時間に至福を感じます。穏やかで、暖かで、和やかで、優しい。今年も七夕が来ました。「夏の桜は目を閉じて見る」また、ここで夏を迎えられることにも心より感謝です。
搬入後に中山先生と昨日も行ったという定食屋へ。話しをしていて、いつもより穏やかな私に気づいていたのでしょう。それとも、中山先生もそうだったのでしょうか。難しい話しは抜きで、楽しい話しと美味しいお酒とご飯を頂きました。星ヶ丘のみんなそうなんですが、中山先生とも長い付き合いになりました。先生からの七年目のありがとうは気持ちに響きます。

2008.06.30.mon 「そしてまた」
搬入です。昨日の夜は、持って行くものなどを用意したり、印刷したり。なかなか、寝付けなくて、寝ても何か夢をみていたような。もう、何度も昨日の夜のような搬入の前日を味わってきました。でも、いつも、やっぱり遅くまで何かしています。「なんで、いつもギリギリなんだ」という言葉がずっと頭に響いていました。 お昼すぎまで体操でギャラリーは使えないのですが、早めに行こうと思っています。頭の中のイメージがどう表せるのか緊張します。何度個展をやっても慣れることはなく、毎回やっぱり緊張と不安があります。でも、それでも、楽しみな気持ちももちろんあります。
雨を心配していましたが、青空が見えています。みなさんからお預かりした短冊を桜の木にかけてきます。最終日、13日に燃やして灰を天の川に流しますので、ぜひぜひ、期間中に願いごとを書きに来てください。もちろん七夕が終わって13日まで大丈夫です。遠くの方は送ってください。自分の気持ちと向き合う季節。今年も夏の桜の下に立つことが出来る。とても嬉しいです。

2008.06.28.sat 「雨の夜に」
『デートがしたい』
個展が始まっても、7日が七夕で、その日が表紙の仕事の締め切。12日は朗読会を予定しているから、最終日まで気を抜くことはできません。
個展の搬入までに後二日。雨の音を聴きながら、なんとなく思うこと。ひとりでは、落ち着かない日々。誰かと、ゆっくり、ぼーっとしたい。最近、めっきり無口な携帯電話を見て会いたいと思うのは、雨のせいだと言い聞かせます。そう、雨だからです。雨の夜だからです。

2008.06.27.fri 「ふらり、ふらりと」
隣のおばあさんの声で目が覚めました。時計を見ると午前4時。どうしようかなと思ったけど、蒸し暑く少し寝苦しかったので、心を決めて起きることにしました。まだ薄暗い窓の向こう。ベランダから隣を見ると、おばあさんの家の電気がついています。年配の方はやっぱり早起き。以前、ネズミの走る音で目が覚め、今日はおばあさん。もう、制作をしろと言わんばかりです。夜より朝の制作の方が気持ちいい、自然光で何かを見たり考えたりする方が、頭の中がクリアな気がします。しかしながら、12時すぎに寝て午前4時の起きると、日中に意志もうろう。夜には玉造のbeyerでギャラリーのミーティング。ふらり、ふらりと行ったのですが、自分以外に疲れ顔の人もちらほら。みんな頑張っています。私も頑張らなければ。弱いことは言えません。仲間にはいつもやる気をもらいます。

2008.06.25.wed 「なかなか進まず」
「体壊すから、もうやめときよ」
おばあちゃんによく言われました。作ったものを褒めて欲しくて見せるのですが「もう、やめとき、やめとき」と顔をしかめて言う祖母。私も負けじと「なんで、そんなことを言うんよ」と本気で怒って言い返しました。何度かそんなやりとりがあったような。
今日はギャラリー当番を代わってもらい一日中作業。もう、搬入までに休みはありません。頭で思い描くほど順調に進まず、細かい作業に目は疲れて肩がパンパン。個数はなくても100個ぶんの気持ちで作りたい。思うとこまで、とにかくあきらめたくない。やったら出来る、自分に言い聞かせます。
頭の中で響くおばあちゃんの言葉。こんな私を見たら、なんて言うんやろか。今はおばあちゃんの気持ちが分かります。若い頃の自分を見ていたんだと思う「和美は私に似てる」って言っていたのを亡くなってから聞きました。「好きやから、やってんねん。思うとこまでさせてな」そんなことを考えつつ、とにかくやりたいことを最後までがんばります。

2008.06.23.pm 「力強く芽を出す」
朝起きてガラス戸を開ける際にベランダに並ぶ緑の葉っぱたちを一度見たはずなのに、次にベランダを見たら猪熊の朝顔の芽がプンっと出ていました。“猪熊の朝顔”というのは、昨年私の住む町家の格子に咲いたもの。それも今年、一番目に植えたものではなく、二番目のもの。ひとつも出ない一番目に問題があったのか、二番目の種はすべて元気よく弾けるように伸びています。そして、一番目と一緒に植えた蟲文庫の美穂さんのお母さんに頂いたゴーヤの種も二番目の朝顔に負けじと力強い茎でムックリ顔を出していました。昨日の大雨のせいでしょうか。強いノックで目覚めたのか。雨のせいだと確かにわかるのは、やっとなったオリーブの赤ちゃんのような小さな実が落ちていたこと。自然のことだから、仕方がないとは思いつつ、嬉しいいことも、残念なことも同時に受け入れました。
そして、あきよさんに作って頂いた七夕のためのマリンガールズの衣装が届きました。私と三倉さんの形は違うとのこと。まだ、自分の分だけしか見ていないので、もう一度楽しめると思うと嬉しいです。頂いた衣装には、これからマリンガールズで手を加えます。気持ちの好い繋がり、心地好いリズムでセッションが出来たらいいなと思っています。

2008.06.23.mon 「好い風の吹かれて」
昨日、強い雨の降る中、車で大阪から2時間半で蒲郡へ。途中マリンのふたりは寝てしまい、運転してくれている梅田くんに申し訳なかったです。中西さんは、そんな私を見て「和美さんも車で眠れるんや〜。安心した〜」と笑っていました。
ライヴは19人の方が参加してくださいました。初めての土地だから、参加の声かけとかどうすることも出来なかったけど、店主の鵜飼さんに本当に親切にして頂きお世話になりました。マリンのライヴは逗子のcoyaぶり。久々だけど、練習が出来たし緊張もせずに調子に乗っていたら、2回ほど間違ってしまいました。たぶん、練習出来たことの安心感からかもしれません。二人でしているから余計にだとは思いますが、失敗したことは応えます。「あ〜、やってしまった」と。やはり、緊張も大切なのだと反省。終わってから、お客さんや鵜飼さんとお話ししました。初めて詩のリーディングを聞いたという方が多かったようですが、楽しかった、もう少し聞きたかったと言うお言葉を頂きました。嬉しいことです。マリンガールズの朗読は、聞いて下さる方を巻きこみます。いろいろ参加して頂いたこともよかったみたいで、終わってからのみなさんの笑顔にほっとしました。そして、三倉さんの本も買って頂けたようで、本当によかった。お店では7月の初めまで三倉さんの「water」の展示をしています。
実は個展前で、気持ちが急いている時ですが、そういうことは忘れて好いライヴになりました。お世話になった鵜飼さんやお店の皆様、車で連れて行ってくれた梅田くん、楽しいお菓子で気持ちを和ませてくれた中西さん、そしてそして、マリンガールズに興味をもって来てくださった皆様ありがとうございました。本当にありがとうございました。RUSTIC HOUSEは、初めて伺ったお店ですが、ぜひ蒲郡に行ってみてくださいとお勧めしたい場所になりました。山があり、海があり、好い風が吹いている。そして、何より気持ちの好い人たちが笑顔で迎えてくれる。また、のんびり会いに行きたいです。

ーマリンガールズのライヴで頂いた感想よりー
「人の肉声って好きなのでmarine girlsのお二人や、会場の人たちの声が心地よかったです。聞くというのもいいものですね。穴、面白かったです」
「readingと聞いて受け身のものを想像していましたが、2人だからできるreading、いろんな人とのコラボレーション、聞き手を巻きこむ形式が楽しかったです。昔、国語の朗読が好きで、先生にもほめられたことを思い出しました。ありがとうございます」


頂いた感想、お話しした言葉は今後への励みになります。心より感謝。

2008.06.22.sun 「出陣の朝」
朝7時に起きて、ちらかった部屋を見回します。片付けたいけど、待ち合わせに遅れたらいけないから、目をつぶって布団だけをしまいました。下に降りて、少し制作をしたい、朝ご飯も食べたい、と思って時計をみると7時半を過ぎている。また部屋をちらかして玄関に用意していた荷物を持って家をでました。待ち合わせは天満橋に10時。一本乗り遅れたなと思って最寄りの地下鉄の駅で、もう一度、時間を調べて1時間早く出てしまったことに気がつきます。張り切りすぎやん、というより、やっぱりそそっかしい。自分で間違えて出たくせに、追い出された人のように、大荷物を抱えて京阪三条の珈琲屋さんで朝ご飯を食べました。

マリンガールズ ・ポエトリーリーディング at RUSTIC HOUSE
2008.06.22.sun 19:30 start (ケータリング 青 のお菓子付き)

2008.06.21.sat 「マリンの風を」
明日は愛知県蒲郡市のラスティックハウスでマリンガールズのリーディングライブ。相棒の三倉さん、バイエルの梅田くん、青の中西さんと4人で車で向かいます。初めての場所、全員が初めて会う人たちの前でするのは、やっぱり初めて。でも、緊張はしません。関西で何か手探りで始めて、何か地味に続けている人の風を感じてもらえたらいいなと思います。そして、ラスティックハウスに集まる人たちの風を感じたい。その日にしか味わえない時間を集うみんなでつくりたいなと思います。

2008.06.19.thu 「いつかの種」
種を蒔けば、いつか芽が出るかもしれない。やがて、花が咲くのかもしれない。
随分前にBOOKLORE勝手に営業クラブと意気込んで、いろんなお店に本“Fantastic Something”の葉書と扱って頂けるよう相談の手紙を送りました。知ってるお店、行ってみたいお店、気になる所に、まずは気持ちを伝えようと。長野のBANANA MOONは、その時すぐにお返事をくださって置いて頂けることになりました。そして、同じ頃にお手紙をくれたのが高知のboncoin(ボンコアン)。どちらとも行ったこともないのに我ながらずうずうしいなと思いつつ、それでも返事を送ってくださったことに感激しました。boncoinからの手紙は、ちゃんと置ける場所がないからと断りの内容でした。行ったことがなく、お店のことを知らなくて、私の方が失礼なお願いをしたにも関わらず丁寧なご連絡。またお礼のお手紙を書きました。その後、今度の七夕の葉書を送ると、お店の方やお客さんの分の短冊と一緒に、高知で置いてくれるお店も紹介してくださいました。まだ、お会いしたことのない方々と、そこに流れる温かな人の繋がり。私の気ままに蒔いた小さな種が、重たい土を持ち上げてグンと力強く芽を出しました。ひとりでは出来ないことを人との繋がりによって一歩を踏み出す。なんでも、丁寧に気持ちを込めて向き合っていきたいと改めて感じます。
朝、小雨が降る中、朝顔の種を植えました。昨年、星ヶ丘の線路沿いに咲いていた野性のものなど、いろんな種を少しずつ集めていたのですが、結局自分の家の格子に咲いた朝顔の種にしました。丸葉に小さな青い花。ひとつの朝しか知らなくても、私はその花によって肩の力が抜けて、深呼吸して日々を見つめたいと思ったこと、いつものなかに両手を添えるように向き合うようになったこと、ほっと気持ちが和らいだことをいつまでも大切にしたいと思います。そんなことを「九月の朝顔」として制作しています。小さな種は忘れた頃に芽を出します。でも、土に植えた時の気持ちは忘れずにいたい。いつか、ふっと芽が出た時に思い出せるように。心から感謝できるように。

2008.06.18.wed 「人生いろいろ」
星ヶ丘に行く途中。「わかれちゃいました」なんてメールが知り合いから届きました。カラフルなイラストの入った文面に、はてさてどう思っていいのか。メールでも、なんでも文字で感情を伝えることは難しいなと思ったり。だいたい私自身、付き合うとか別れるとかについて、何かを言えるような人ではなく。ほぅほぅ、何故ゆえ。なんて、興味ばかりが膨らみます。電車に乗っていても、知らない人ばかりだし、この世の中いろんな人がいます。似てる性格の人はいたとしてもやっぱり違う訳ですから、無理が積もり積もらないように、時間をかけて受け入れていくことなのでしょう。と言っても考え方も人それぞれですし。と、と言って、私は何かを言いきれるほど経験のある人ではありません。人生いろいろ〜、なんて上手いこと歌ったもんだと思うのです。
明日に三倉さんとbeyerでマリンガールズの打ち合わせなので、今日はマリンモード。今年の七夕は星ヶ丘洋裁学校の現役生徒さん、そしてソーイングギャラリーでも個展をしてくれた土井 昭佳さんに衣装をお願いしています。昨年、彼女は生徒さんの何人かで織り姫の衣装を作ることにも参加していて、出会うべくして出会った気がします。出来上がった衣装にマリンガールズの二人で少し手を加えます。三倉さんの言葉を、私は刺繍する。ぜひ、7月7日を楽しみにしていてください。今回の土井さん、そして以前に衣装を作ってくださったmilleの天野千鶴さんも。積極的に作りたいと言って、私たちのイメージを形にしてくれました。その気持ちに感謝して、これからも丁寧にふたりでマリンガールズを続けていきたいなと思います。ここのところ、なかなか会うことが出来なかったので、ラスティックハウス、七夕を機会に自分たちの足元をしっかり見つめたいです。見つめなければいけません。

2008.06.17.tue 「なんとなく」
母から電話。その後どうだとハエのことを心配してくれて。ハエだけではなく、私の顔のシミのことも心配してくれます。なんとなく、誰にも言えないことを笑って話すと、母はそれを静かに受け入れて励ましてくれます。そうしていると、涙が出るけど、電話の向こうの母には気が付かれないようにハハハと笑って元気だと振る舞います。 昔には考えられませんでしたが、今、相談出来る友達のいない自分にとって母は大先輩なのです。励ましてくれますし、なんでも大きく受け止めてくれます。心配はかけたくないのだけど、誰にも言えないから話してしまう。涙だけは気づかれないように、笑いながら、気持ちの中でもやもやとしたことを話していました。

2008.06.15.sun 「電線を歩いて」
朝、父に高槻の駅まで送ってもらい、そのまま会社にいくつもりでした。昨日も今日も、ずっと頭から離れないハエの大群を見たくないから。しかし、思っていたより京都に早くつきそうなので勇気を出して家に一度戻ることにしました。嫌な景色を想像し、もしかしてという期待も持って。マスクをし、頭に手ぬぐいを巻いて、ハエが飛び回っているかもしれない扉の間に耳をそばだてます。なんとなくノックをしてみてから、ゆっくり扉を開けました。
そこには静寂というか、静かな景色がありました。いつもの扉の間です。ハエ取りのリボンには5匹くらいハエが捕まっていて、私が隙間に貼り付けていたガムテープが剥がれて、そこにはハエと小さなゴキブリがひっついていました。開いた扉の下にはガムテープが落ちていて、ハエの子どもがむっくり、むっくり。それでも、静かな部屋に、なんとなく拍子抜け。もしかして、きっと、たぶん、と悪いことばかりを考えていたので、先日行ったホームセンターでは電気でハエを倒すラケットのようなものも購入していました。怖いなと思いながらも、それが気持ちの支えになっていた気がします。しかし、静かな扉の間。何がどうなったのかよくわからない。亡くなった生き物は小さかったのかもしれません。また、違う理由なのかもしれません。全ては想像です。とにかく仕事に行く前に、天井の隙間に布テープを貼って、掃除機をかけて家を出ました。会社の人に大惨事を相談していたので、その後、今日の朝のことを伝えました。
ややこしい時に高槻に帰っていてよかったのかもしれません。気にしいで、心配性の私ですから、家にいたら、たぶんもっと気になって仕方がなかったと思います。仕事の帰りに、「いろんなことがあったな」と思いつつ自転車に乗りながら空を見上げると電線を歩く握り拳くらいのネズミが一匹。屋根から屋根に歩いていました。結局、天井のネズミが、いろんなことの原因なのです。「あぁ、あの子のせいなんや」とぷっくり大きな体のネズミを見て、数日の大惨事を思い返していました。終わったのか、始まったのか、とにかく、経験として大切な事柄だったと思います。

2008.06.14.sat 「株式会社ハタオで」
朝から、さぁ材料の買い出しに行くぞと思っていたのですが「ジャガイモを掘るか」と母に言われそのまま畑へ。ひとうね分を全部取っていいとのことで、大胆に土に手を入れる母を見ながら、ゴム手袋をつけた手で少しずつ土をかきます。ころんと小さなかたまりを見つけて、次、また次と掘り出します。茎ごと引き抜くと太めの白い根っこの先にぶらりとジャガイモがひっついてくる。珍しいから、眺めていると「あんたは、ほんまに面白いな。なんでも、じっと見るもんな」母は私をじっと見ていたようで、お店で売ってる野菜では見ることのない形を楽しんでいる私をいつも珍しがります。
お昼前に、父の車で木材を買いに。仕事のため、兄ひとりを工場に残して、なんとなく申し訳なく思います。車に乗ると、最近、家族みんなが聞いている桂米朝さんの落語が始まります。母の好きな話しが流れて、視線を感じて隣を見るとそれを聞いている私の顔を母がじっと見ています。「何?」と聞けば「どこで笑うんかなと思って」。ホームセンターに着いて木材を見て悩んでいると、何を作るかわからない父が「こっちのはどうや」と率先して選らんでくれます。父の言うまま購入し、工場に戻ってイメージの作業。母が「私は出来ひんやろな」と何度も言って手伝おうかという前向きな気持ちを感じて「いいで、仕事してて」を言っても、気にしてくれる母に「簡単やし、やる?」なんて調子のいいことを言ってふたりで作業。いつの間にか、兄は木を切って、父は穴をあけて、株式会社ハタオが私の個展のために手を動かしていました。以前の私なら手伝ってやると言われても、自分でするからいい、と断っていたと思います。でも、今、家族が手伝ってくれるということは大切なことで、意味があります。好き勝手なことをしている娘ですが、それでも一生懸命であることが、家族への感謝の気持ちなのかも知れません。
夜ご飯を家で食べて、また母と工場へ。夜11時すぎ、思うとこまで出来ませんでしたが、充実した時間となりました。展示では、わかりにくい部分かもしれません。でも、作品に今の暮らしを応援してくれる家族という「大切」が刻まれました。父母、兄に観てもらえるように頑張らねばいけません。とにかく、家族に感謝です。本当に心から、大切な家族に感謝です。

2008.06.13.fri.pm 「頭の中にもいっぱいに」
今日は一日中、家を出る前に見たハエの大群のことを考えていました。大量発生はやはり、天井で生き物がお亡くなりになったからだろうとのこと。人に話すと、保健所の人に来てもらったらとか、薬を炊いたらとか。嫌な顔をする人や心配してくれる人を見ると「ああ、どうしよう」と思うし、経験したことがある人の「時間が経てば、すぐなくなる」とか「自然なのだからと受け入れたら」というのを聞いて、いつかは経験することなのだと前向きなったり。
一日、家に帰らないので、どうなっているのか気になって仕方がない。目の前にない景色を想像し、マイナスなこと、プラスなことをずっと考えながら高槻の家で制作。気持ちの中にいろんな不安があるけれど、みんなが寝て部屋にひとりになっても、誰かがそばにいることに安心できます。何が起こっても、困難なことでも、わぁわぁ言って分かち合えるからでしょうか。聞いてもらったり、相談したりできるからでしょうか。今の家、町家で起こることは、今まで周りの人に頼って甘えてきた私への試練です。そして、気持ちがおおらかになるための一歩なのでしょう。

2008.06.13.fri 「何人かの自分」
朝6時に起きて、ゴミ捨て。早く起きたし制作出来ると思って、部屋の片づけ、豆ご飯を炊いて、掃除、洗濯をしていたら、いつもの時間。階段の所に貼っているカレンダーをふっと見て、自分の中の自分が「やばいんちゃうん」と言います。そう、展示のイメージが完成しているので、それに向けて頭と手を動かすだけなのですが、そう簡単にはいかず。仕事の作品と文章もあるし、そんなにいろんなことは考えられません。来週末はリーディングだし、打ち合わせもしなければ。「やばい、やばい、やばい」と気持ちが固くなります。「そんなん思わんと、やらなあかんやん」「やったら出来るって思わな」とまた違う自分。「せや、やったら出来る。なんやかんや、言ってないでやったらええねん」「せや、やるしかない」と自分の中で、いろんな自分の声が聞こえます。そう、結局、自分の思うところまでコツコツ頭と手を動かさんと始まらないのです。もやもやしててもしょうがない。
今日は仕事の後に高槻に帰って、明日、父母に制作の材料を買いに行くのを手伝ってもらいます。そして、思うところまで作業が出来るようにと、大荷物を引っ張ってこれから職場に。本当はこの時間に文章を書くつもりだったのに、また日記。自分の思ったことを整理する場所になっています。

2008.06.12.sat 「追いかけて」
「今日は一日、制作に没頭していました」と、言いたいところなのですが、ずっと、気になることがありまして。もう、彼らのせいで、一日中気になって追っかけ回すことに。
彼ら。なんだと思いますか?もしアニメならば、彼らがうちを飛び回る理由をコミカルなストーリーで描くのでしょう。彼らが主役の愉快で心あたたまるお話し。しかし、うちで起こることはアニメではないし、私が主役の人間の家です。彼らとは、ハエ。それも、黒くて大きなやつ。いつも生活している部屋ではなく、“扉の間”と呼んでいる場所とトイレとの間をブンブンと飛びまわります。最初は「あっハエが入ってきた」と偶然入って来たように思っていたのですが次から次に絶えず出て来て、だんだん私も鋭い目つきで殺虫剤を片手に狙いを定めることに。換気をするための外と中との仕切りを閉じても、どこからともなくブンブンとやってきます。台所との間の扉を開くたびに、一、二匹飛んでいるので、訳がわからなくなってきます。これは現実。アニメの映画ではないので、私の頭もおかしくなりそうです。彼らには彼らなりのストーリーはあるかもしれないけど、そんなことは思いつかず「もう、なんでなんやろう」と首をかしげるばかり。結局、10匹くらい殺虫剤で倒しました。彼らのコミカルな物語を考えるならば、連日天井を走っている小動物と繋がる何かがあるのではと思うのです。全然、コミカルではないですね。結局、夜に薬局でなつかしのハエ取りリボンを購入して、田舎の家のようにぶら下げてみました。夜は飛んでいません。明日は制作のため、仕事の後に高槻の家に帰るつもりなので、日中、どんなことになっているのか気になります。でも、知りたいような知りたくないような。
それでも、一応、制作の方もぼちぼちと進みました。気になる彼らがなければ、もっと進んでいたような気がします。たぶん、おそらくですけど。と、書いている時にも、天井を走る音。もちろん、ハエではなく小動物の方。早く慣れなければと思う訳です。はい。気にしていたら、いろいろときりがないのです。

三倉理恵 詩集「月のスープ」「water hole memo」6月11日に発売。 詳しくはBOOKLORE infoにてご覧下さい。 beyerもオープンです。

2008.06.11.wed 「雨は降らず青な一日」
ギャラリー当番。ケータリングをしている“青”こと中西さんのお昼ご飯「大釜走り 風呂敷小包」をお願いしていることもあってお弁当がいらないし、朝はゆっくり。洗濯、掃除や、なんやかんや。しかし、なんやかんやとしすぎて、歩いて京阪三条まで行く時間がなくなり、地下鉄の最寄りの駅まで早歩き。大雨が降ると聞いていたけど、重たい空はそんな様子も見せずにそっぽを向いたような、よくわからない天気。
星ヶ丘学園について、いつものように庭をぐるっと歩いていると、蕎麦の会の人たちが庭の麦を刈って蕎麦の種を植える準備をしていました。テーブル夫妻に挨拶をするために裏庭を覗き込むと、中西さんがご飯を炊いていました。大きな釜にはたっぷりのお湯。ちょうど出汁をとっているところだったような。「大釜走り 風呂敷小包」はソーイングテーブルで月に一回行っていて、私は今回が初めて。中西さんのうれしい、たのしい、おいしいご飯は星ヶ丘の味になっています。ギャラリーの展示は先週に引き続きイケダユーコさん。イケダさんも中西さんも裕子さん。“余裕”の「裕子さん」だからか、ゆるりと気持ちが和みます。そう言えば、私は“和み”の「和美さん」だと言われたことがあって、なるほど名前はその人を語るのかもしれません。今日、初めて会った方は名前に“星”がついていて、織りものをしている方でした。もちろん七夕には思い入れがあるとのことで話しは盛り上がります。その方に教えていただいたのですが、朝顔は昔、薬用植物として中国から来ました。漢名は「牽牛子」だというのです。調べると読み方は“ケンギュウ”ではなく“ケニゴシ・ケンゴシ”だそうですが、朝顔が七夕に繋がるとは思いもしなかったので鳥肌がたちました。そんな話しを聞いて、私も調子にのり「畑尾」の家紋は笹の葉にスズメが二羽の珍しいカタチで、スズメは“ハタオリドリ科”なんです。と、話しをしながら、どこまでもこじつけ繋げたい自分に恥ずかしくなります。しかし、七夕、糸、繋がる、sewing。この場所だからこその人との出会いが嬉しいです。
お昼すぎ、青のご飯をえみさんと裏庭で食べました。蓋をあけて、包みを開いて「わー」と思わず声が出ます。そして、口に入れて「おいしい」とほんわり笑顔。雨が降るかもしれないことなど忘れて、青な一日、ゆるり好い時間をすごしました。

2008.06.10.tue 「つつうらうら」
仕事の昼休みはいつも貴重な時間で、御所や鴨川で季節を感じてゆっくりするというのもありますが、制作のための材料の買う大切な時間でもあります。職場の周りには、いろんなお店があります。骨董の他に、紙を扱うお店が多くて、和紙、書道の紙、竹紙など。どれもいいものばかりだから、値段はやっぱりそれなりによくて、悩んで購入しないといけません。しかし、制作、個展となると気にいるものでないと作るのが楽しくなりません。安いものであったとしても、思い入れがないとイメージが膨らまず。今回の素材は今の生活の中で、いつも目にしているものを使いました。何度もお店を尋ねるから顔を覚えて頂いて、最後の買い出しに行った際には「頑張ってください」のエールの言葉。制作は進んでいないのですが、笑顔でガッツポーズなんかしたりしました。そして、今日はなんとなく、本屋で日本地図を購入。高槻にいる頃にも、部屋に白地図を貼っていました。あの頃は、色々と出かけていたから、行った場所に印をしたり。今回は地形もわかるように色付きです。部屋の壁に貼って、まず確認したのは愛知県の蒲郡。22日にマリンガールズのライブでお世話になるラスティックハウスのある場所です。最近、遠くに行く機会はないのですが、 遠くの方からメールや手紙で連絡を頂くことがあります。特に、七夕の短冊は送ってくださいと声かけをしているので、つつうらうらの方からのお手紙。会ったことのない人にも、感謝と思い入れを持ちたいから、住んでいるところを知りたいと思いました。もしかしたら、会いに行けるかもしれないし。実際、来年の夏以降に新潟の方といろいろ計画をしています。会いたい人がいるというのは嬉しいことです。広い日本も、地図の上で楽しい旅のイメージが膨らみます。

2008.06.08.fri 「変に目が冴えて」
今は夜中の3時すぎ。ご飯を食べてから少し寝てしまって、それから制作をしていたので変に目が冴えてしまいました。明日は休み。本当なら制作が順調に進んでいる予定で、ずっと前から山に行く約束をしていたのですが、今の状態では気持ちに余裕がないからと断念。行く気まんまんだったのに申し訳ないのと、残念なのと。そう思っていると、激しく屋根をたたく雨の音。山に行けないのは私のせいなのだけど、雨のせいにしてしまいそうで、雨が降り始めたのも私のせいなのかと、そんなことを考えながら針を進めていました。それでも明日のためにとまた寝る準備。でも、やっぱり目が冴えているから、枕元にある本をぱらぱらとめくります。
6/11にアノニマスタジオから出版される椿野恵里子さんの「風景のあとに カレンダーのくれたもの」を恵文社の展示を観に行った際に購入。前々から本の話しを聞いていたので、彼女の本も三倉さんの本と同じくぎゅっと抱きしめたくなるぐらい大切に感じます。購入したことをすぐに携帯電話のメールで伝えると、次の日、つまり今日、お礼の返事。しかしその日に椿野さんが喫茶室に来てくれて、なんだかドキドキしてしまいました。いつも刺激をくれる人です。椿野さんの本は少しずつゆっくり読むことにします。そして最近、寝る前に日課となっている「からだにおいしい 野菜の便利帳」を眺めます。この本も野菜好きにはお勧めです。

2008.06.06.fri 「繋がりを大切に」
仕事の帰りに“やっと”mizucaに行きました。mizucaはマリンガールズのライヴで大変お世話になっているお店で、swimyの展覧会場でもある喫茶・ギャラリーです。七夕の個展の葉書はmizucaの荒井さんにお送りしていたのですが、お店には自分で持って行くつもりで、ずっといつも持ち歩いていました。ということで「やっと」なのです。仕事が終わってから、好い時がなくずるずると……。今日こそがその時だと仕事が終わって、自転車でmizucaの荒井さんに会いに行きました。扉を開けてすぐに、やんわり優しい笑顔、そして「元気ですか」の言葉。ご無沙汰しているから、私が言うべき言葉を先に聞かれてしまいました。他にお客さんがいらっしゃったので、窓際でキャラメルラテを静かにゆっくり頂きました。久々でしたが、荒井さんに会えてよかった。
家に帰って、パソコンのメールを見ると、ラスティックハウスの鵜飼さんから、マリンガールズのチラシの追加分が届いたというメール。まだ。お会いしたことがないのですが、連絡を頂くことで安心をくれる方になっています。これからお世話になるというのに不思議なもんです。私としてはライヴをするまでに、なんでも連絡を取り合って、繋がりを深めたいと思っています。会って挨拶するその日までを大切にしたいのです。ラスティックハウスに、お送りした七夕の個展の葉書がなくなったということで、またお送りしようと思います。そうやって、どんな繋がりでも、小さなことでも大切にしたいと思うのです。
ご飯を作る前に、ベランダの植物の整理。植木鉢がもりもり盛りだくさんになっていたので、猫か何かが遊びに来ていたようです。ぐるぐるジャングルはよくないと、白玉椿と挿し木から成長した八重のピンクの椿と、葉っぱから根を伸ばして父が育てた山紫陽花の三つの鉢を玄関の格子戸の前に並べました。自慢の三つです。主の私に代わって、気持ち好い挨拶をしてくれることを期待します。

2008.06.05.thu 「修さんではなく、宏さんの」
制作のため休み。7時半には起きて、8時から作業。昨日、星ヶ丘から帰ると運送会社の不在届けが郵便受けに入っていました。送り主は「六曜社」。京都の喫茶、奥野修さんに個展の葉書を送ったからかな、なんやろかと不思議に思っていました。最近、NHKのテレビをラジオで聴かない時には、ほとんどオクノ修さんの「唄う人」のCDを聴いています。昔に買ったCDを大量に家から持ってきたというのに、修さんのアルバムか、前に行った個展の時のためのピアノの音か。どちらも、私の一部のように染みこむような気がするのです。それだから、朝から修さんのこととか考えていたのですが、届いたのは「六曜社(ろくようしゃ)」ではなく「六耀社(りくようしゃ)」からの書類でした。8月の初めに永井宏さんの監修で出版される詩の雑誌「ボタンとリボン」の校正紙。
私は永井さんと出会う前に、鎌倉の人達に憧れて日帰りで関東に行ったりしていました。その時、ディモンシュで見たのが「12water stories magazine」。その際には買わなかったのですが、後で京都のキャトルセゾンで見つけて購入。シャムアに行って、こんなん見つけましたと言っていたのを思い出します。もちろん、まだ、永井さんのことはまったく知らず。「誰でも文章は書ける」という言葉に、私も何か出来るのだろうかと、何かしたくても何がしたいのか分からない自分の奧の方にあるものがワサワサとしました。その後、シャムアで行われたライヴで永井さんを初めてみて「誰でもものをつくることができる」という永井さんのワークショップに迷いもなく参加したのです。そこから、上手いとか、上手くないとかではなく、続けていくのだと自分の中で決意して今にいたります。それだから、今回、永井さんの監修の詩の雑誌に参加出来るというのは自分にとって、特別すぎるぐらい特別で、特別なんて言葉以上のことなのです。
文章の校正のために何度も読み直していると3時間くらいかかってしまいました。校正紙をFAXで伝えるよりと、速達で送る準備。まだ、どんな感じ雑誌なのかはわかりません。でもこうして、永井さんの監修の雑誌に参加できるということは、8年前の私には考えられなかったことです。続けてきてよかった。まだまだ、続けている途中なんですがそんなことを思い、いろんなことを考えていました。

2008.06.04.wed 「 swimy の企画展『おんさ』
今、星ヶ丘に向かう電車の中です。たまに携帯電話のメールで日記を書いて、自分のパソコンに送ります。本当なら、日記も文章も紙と鉛筆が理想なのに少々便利な時代に流されています。携帯原話を片手に、いつもながらの大荷物。ギャラリー当番の前日には「することリスト」を書いて、制作道具をあれやこれやと持っていきます。ほとんど出来ないのは分かっているのですが手元にあると安心なのです。
個展まであと一ヶ月を切りました。頭の完成イメージが出来ているから、気持ちに焦りと不安が。昔よりはましになったとはいえ、これも性分。心配性なのも、ギリギリになってしまうのも。愛知のラスティックハウスでのマリンガールズ・ライヴも気持ちを込めて向き合いたいし、東本願寺の冊子の表紙と文章も二ヶ月分の依頼を頂きました。なんでも、パワーを外に出そうとする時にはいろんなことが重なるものです。毎年そう。初めて個展をした際に「寝ずに頑張れ」という言葉をもらい、目標に向かって馬鹿正直に徹夜の日々。「やったった」という達成感と共に、目の下に大きなクマが居座りました。8年前の話しですから、あの頃は体力もあったのでしょう。今は次の日の仕事に支障があると困るので、作業をして朝を迎えるということは出来ません。まぁ、普通に生活をして、いいリズムで完成するのが一番の理想です。性分なんて言って出来ない自分を認めてしまうことが情けない。
sewing gallerymillibariTohenmizucabeyerの5店舗、swimy協同企画公募展「おんさ」の締め切りが6月8日です。響きをテーマにした展覧会で、平面、立体、写真、映像・音、言葉の5つのうちどれか表現方法で作品をつくるというもの。私は「言葉」で申し込みたいと思っています。しかし、審査資料が準備できていないので早く用意しないといけません。どの場所も、私にとって思い入れのある大切な場所。人との繋がりから生まれる展覧会にたくさんの人が参加して欲しいと思います。

2008.06.03.tue 「懐かしいご飯」
朝、雨の音で目が覚めました。いつもより早い梅雨入りだそうです。じゃぁ、七夕あたりはどうなのよ、とまでは計算出来ず、というかしようともせず、あっそうなんだと思うだけ。なるようになれ、てなもんで。
先日、会社の人と料理の話しをしていて「出汁をとって料理するのは偉い」と言われ、なんだか料理が出来る人にさせられてしまいました。沸騰したお湯に煮干しと鰹節を放り込んでお味噌汁や煮物を作っているだけなのに。それも適当。家族や職場の人は美味しいと言ってくれるけど、本当に言って欲しい人は無言のまま。どこまでも厳しい。それでも上達することを考えず、自分のための適当ご飯で満足しているのですから、なかなかレパートリーなんてもんは増えない訳です。
今日は仕事の帰りに忘れ物をしたりして歩きまわったので、家に帰ると足がくたくた。それでも、せっかく久しぶりに卵を買ったのだからとオムライスを作りました。私にとってのオムライスは母の味です。夜遅く、11時頃に仕事で疲れて帰った私に「オムライスしよか」と言ってよく作ってくれました。黄色い卵の上には「おつかれさま」とケチャップの赤い文字。にっこり笑顔の絵が書いていたり、「がんばれ」という言葉。疲れてニコリともせず黙っていたり、仕事で上手くいかず悔し涙を流しながら食べたこともありました。そんな私を母はただ、ただ、そばで見ていたような。自分のためにオムライスを作るのは初めてかもしれません。お野菜とご飯たっぷりで、卵2個使った贅沢なオムライス。どこか外で食べるよりも、家で食べるのが特別だなと感じました。今でも母はお昼ご飯に作るそうです。一年前くらいの話しですが、ファンでもないのにレッドソックスの松坂投手の登板の日には黄色い卵の上に赤い靴下の絵をケチャップで描いていたそうです。それを何回か続けてからのある日には、緑色の空豆を五つ並べた靴下を描いて「五本指の靴下」と言ったそうです。家族に元気をくれる人。ケチャップご飯の上に黄色い卵。その上に笑顔をくれる母の言葉。自分で作った卵がぐちゃっとなったオムライスを食べながら何年も前の懐かしいことを思い出していました。

2008.05.31.sat 「そして後悔」
昼に電話。父と母が、和歌山の親戚にもらった西瓜を持ってくるとのこと。今日は制作のつもりだったし家にずっといるので、いつでも来ていいと伝えて待っていました。3時すぎに来た父と母。父は自分の育てたオンシジウム(ラン科)、母は自分の育てた花と野菜を持ってきました。本当の目的は、和歌山の親戚はがくれた西瓜を持ってくるためなのですが、ふたりとも自分の育てたもののことを同時にそれぞれ話します。父と母が来るのは久しぶりで、家の中のどこを見てもいいし「好きなようにして」と言いながら、冷凍していた豆を挽いて珈琲をいれます。それでも私の両親ですから、落ち着きなくチラチラ、キョロキョロしてはりました。なんだか、そんな姿が可笑しいと思うと私。 母の野菜は、大根、にんじん、三度豆、ブロッコリーと、メークインのジャガイモ。土つきのままでくれるから、お店で売っているものとは違って新鮮です。料理する時にも季節の味を知りたいから、まずは生でかじってみます。そのままでも美味しいものは、味もつけずに茹でただけで食べます。我が母が育てたと思うと、ヘタも皮も根っこも捨てるのがもったいない。土も、ブロッコリーについて来た青虫にも愛情がわいてくるから不思議なもんです。離れて暮らすから、いろんなことに対して感謝できるようになったように思います。そして、母の野菜を見て後悔するのは、同じように畑をしていたおばあちゃんの野菜を当たり前に感じて食べていたこと。幼いころから、朝起きたら部屋の窓の向こう側の畑におばあちゃんがいました。おばあちゃんの野菜に“感謝” という特別な気持ちを持たずに当然のように食べていた気がするのです。今の母と同じように育てていただろうにと、母の野菜を見て祖母を思います。もっと、もっと、祖母の野菜も味わいたかった。感謝を伝えたかった。変な形のキュウリも、トマトも。一緒に笑うだけではなく、愛情を持って味わいたかった。
先日、台所に立って「おばあちゃん、どうしてるんやろう」となんとなく思いました。もう亡くなって一年以上経つのに、自然にそんなことを思います。私の作る料理はおばあちゃんが作ってくれた味を求めているのかもしれない。煮物が多いし、水っぽいカレーが出来ても「おばあちゃんみたい」と思う。どうしてもっとあの時に、という気持ちを、感じずにはいられません。母の野菜に愛情を持っている自分。今、この時を、いつまでも大切にしたい。「もっと、おかあさんに連絡してあげや」と言っていおばあちゃんを思いだしています。

2008.05.30.fri.pm 「同じ雨はない」
朝、変に早く起きたからか、さすがに夜には頭がもうろう。夜から雨と言っていたし、湿っぽい匂いの風が外と中を仕切る薄い布を揺らします。
雨。昨年は「雨の唄」と題して、自分自身の呟きを言葉と作品で描きました。あの時は雨の日を待っていた気がします。一年経った今も、その冊子をもとめてくださる方がいます。その時の言葉に嘘はないし、そこにあるのは確かな自分です。でも今、雨が降るならば、また違う呟きを綴るのだろう。そんなことを思います。同じ雨は降らない。日々違うし、人それぞれに感じることも違う。そして、今の自分と昨年の自分も違う。確かにそう。でも、あの時、雨の唄を綴ったからこそ、今の自分がいるのだとも思う。
明日は雨とか。そうしてなんとなく、雨を待っている自分がいます。あの日の自分を思い出すように。そして、今の自分を綴るために。

2008.05.30.fri.am 「チュウと鳴く」
ど、ど、ど、ど、ど、どたん。ばたばたばた、チュウ。チュウ、チュウ、チュウ。
嫌な目覚め。時計を見ると3時半。目覚めというか、天井の激しい騒ぎで目が覚めてしまいました。ネズミの喧嘩か、猫がネズミを捕まえたのか、そんなことを思うよりも、やっぱりネズミは “チュウ” と鳴くものなのだと考える。もう一度、布団にもぐり込んで目を瞑るのだけど、一度頭が起きてしまったから「あ〜、個展の制作をしなければ、しなければ」と、だんだん気持ちが焦ってきました。結局、そのまま起きて、ひとつ作品を仕上げました。カラスが鳴いて、スズメが鳴いて、鳩かなんかが低い声で鳴き始めたら外が明るくなってきて、新聞屋さんのバイクの音。徹夜をした訳でもないし変な気分のまま、お味噌汁と炊きたてご飯が食べたくなりました。ということで、豆ご飯を炊く準備をして、煮干しと鰹節で出汁をとって玉葱とさつまいもとわかめのお味噌汁、鮭を焼いて、にんじんのサラダを作る。ゴミの日だから、朝のゴミも一緒に出してしまおうと、番茶もつくって茶殻も捨てます。そして、8時前。こんなことをしていて、今日の仕事はちゃんと出来るのだろうかと心配になります。そして、ひとりの生活だから自分勝手に思いのままに出来るんやろなと一息ついて考えます。

2008.05.27.tue 「気合いを入れるということで」
朝に、思いたって電話。
昼間は制作をして、まだ明るい夕方に家をでます。向かうは長岡天神。制作に気合いを入れるためにも、だらだらと伸びた髪を切ることにしました。高校生の時から髪を切って頂いている方で、私の好みというか性格は分かっている人です。それでも、いつになく雑誌の髪型のページをいろいろ見てくれます。しかし、やっぱり、雑誌に載っている若い可愛いおねえちゃんの髪の形では想像できず。「短く」というひと言でGOサイン。私は生まれながらの癖毛です。天然パーマというのでしょうか。幼い頃からコンプレックスだったのですが、今は、それをどう隠そうかなんて考えません。どう活かそうかとも思いません。それなら、それで、まぁいいやん、と思っています。とにかく今日は短くしてもらいました。これから梅雨。雨の日にくるくるになろうとも、少し伸びてちりちりになろうとも、仕方がありません。とにかく今日はさっぱりと切ってもらって、制作にも気合いが入って捗るかなと。でもでも、髪を切りに行くといいながらも、喋って大笑いすることが楽しみだったりします。帰る時に「次はすぐに来ますね」と言ったのですが、「四ヶ月後ぐらいやろ」という返し。さすがです。私を分かっていらっしゃる。それでも、半年ぶりに髪を切ってすっきりです。朝の思いつきは正解でした。

2008.05.26.mon.pm 「嬉しいこと、ふたつ」
仕事が終わってから向かうのは大阪玉造の本屋さん、beyer(バイエル)。ご存じない方が多いのは当たり前。オープンは6月11日。永井さんの文章のワークショップからの付き合いで、SEWING GALLERYのスタッフでもある梅田唯史くんのお店です。前々から本屋さんをしたい話しは聞いていたので、ついに、という嬉しさがこみ上げます。やっぱり、その時。そう、この時が来るというのは嬉しいものです。「いつもながらギリギリですが〜」と、うめちゃんからもらった葉書を持って行くのを忘れてしまい、お店に行けるか不安な一日でしたが、着いてみると知ってる人があちこちに。そして、次から次へ来られます。梅ちゃんと奥さんである三倉さんの人との繋がりに頭が下がります。そう、“ beyer ”。うめちゃんのお店が始まることがひとつ目の嬉しいこと。
そして、嬉しいことのふたつめは、もちろん、marine girls(マリンガールズ)の相方であります。三倉理恵さんの詩集「月のスープ」「water hole memo」の2冊がBOOKLOREより出版されたことです。三倉さんは言葉の人です。これまで、本を作る話しをしていて、なかなか気持ちとのタイミングが合わずに形にならなかったように思います。彼女はそれでも言葉を綴ってきました。同じテーマであっても、やっぱり彼女の言葉は文章ではなく自分とは違う詩的な感覚があります。いいなと思うけれど、彼女は私の相棒。最近のマリンガールズの言葉も彼女が書いたものが多いのです。私は、言葉を拾う彼女の感覚に惚れています。大勢の人の中で、わいわいと賑わっている声を聞きながら、出来たばかりの2冊の本を手にしました。知っている言葉なのだけど、ページを捲りながら涙が出てきました。ついに形になったのだと、とても嬉しくなって感動しました。たぶん、賑わうような場所でなかったら、気持ちのままにもっと涙を流していたかった。2冊の本はポケットに、ぽんと入れてぶらりと持って一緒に出かけたい、そんな感じの本です。嫉妬したくなるぐらい好い本です。「月とスープ」はSEWING GALLERYで個展をしてくれた角田あかりちゃんの表紙。これもまた好い。とにかくお勧めです。
うめちゃんのお店 “ beyer ” と、三倉さんの本 “月のスープ” “memo hole water”。どちらも、今日の「嬉しい」です。ふたつを同時にくれるのが憎いなと思いつつ。やっぱり、やっぱり、心の底から嬉しかったです。本当に嬉しかったです。

beyer - bookstore plus library. -
大阪市天王寺区玉造元町14-25
12:00 - 20:00 (火水定休)
tel: 06-6625-8915

2008.05.26.mon 「朝の光で」
昨日は早く寝たためか、朝の光が気持ち好かったからか、5時に目が覚めます。ここでまた寝てしまったらもったいないと、下に降りてお湯を沸かす。朝の煎茶が重たい瞼をすっきりさせます。それからしばらくして制作に、と言いたいのですが、今7時半まで台所でうろうろ。お弁当をつくって、部屋の片づけをして、ねずみの囓った石けんを発見して。8時前になって、二階に上がってやっと腰を下ろした訳です。9時には家を出るのですから、大切な一時間。と、こうして日記を書いている場合じゃありません。この貴重な光を無駄にしてはいけないのです。

2008.05.25.sun 「さぁ。どうしようと悩んでいたら」
仕事の帰りに、布を扱うお店へ。自分の思う形にしたいために。いろいろ考えながら材料を探します。こうなったらいいな、と思うことはすぐには形になりません。いつもそう。
家に帰ってご飯を食べて作業をしようと思っていたけど、なかなか進まない。そう、やっぱり、夜より昼。昼より朝の方が気持ちよく作業が出来ます。何が違うかというと、光が違う。それならば、早く寝て、早く起きるのがいいのかもしれない。そんなことを思いつつ、先人の本を読んでいると、思うようにするべしと言われる気がします。そして、そうですよねという気持ちになります。
ということで、早く寝ます。

2008.05.24.sat 「針と糸を手にして」
もう、後一ヶ月ほどで展示というのに、手元に形として作品はなく、まだ未だに頭の中の作業。内容は一年くらい前から決まっていたし、あとは空間をつくるための表現を考えること。少し前に、いつも展示を観てくれている人から「針と糸の作品とは違うものにしてみたら」という言葉をもらいました。七年目の七夕の展示、SEWING GALLERYでの個展も七回目。針と糸で作品をつくりはじめてからは八年目。どうして針と糸で描いているのかと聞かれたら、自分の身近にあるもので何か出来ないだろうかと考えて、たまたま始めたと答えます。続けてはいるけれど、技術の向上というのとは違う所を歩いています。だから刺繍という意識はなく、私にとっての鉛筆が針と糸だったということなのです。そして今、同じ場所で展示を続けてきて、仲間や同じ人たちに毎年観ていただいています。ここで新たな自分の一面を観てもらうためにも、いつもとは違う表現で展示を考えてもいいのかもしれなと私自身も思いました。その意見をもらってから、そんなことをずっと考えて悩んでいました。今回の内容でギャラリーの中にイメージを膨らませて、そして自分が観たいと思った景色を頭の中で考えます。それが、やっぱり糸で描いた作品。誰かのためにしていることではなく、これまで歩いてきて、これから自分が踏み出したい次の一歩は、やはり足元にあるような気がしました。布、竹の紙、麻布、和紙。針と糸は変わらなくても、自分の中では個展のたびに実験と発見がありました。また縫い方も作品それぞれに変えてきました。同じ見えても、自分の中ではいろいろ悩み葛藤があったのです。
今日は一日制作。前に作ったカレーとにんじんのサラダ、青菜のサラダ、キュウリの酢漬けと生姜の酢漬け。お昼ご飯を食べながら考えていました。やっぱり、次の一歩も糸で描きたいと。まだ八年目なのだから、もう少し続けてみたい。SEWING GALLERYだから、いろんな挑戦をしていけるというのも分かっています。でも、今ここにいる私の挑戦は続けることだと思うのです。私にとって、針と糸で描くこと、言葉を綴ること、というのは歩くことと同じ。一歩、一歩、丁寧に自分を表現するための大切な事柄なのです。

2008.05.17.sat.pm 「紫の花が咲いて」
母からお野菜が少し届いて、そして、その夜に空豆をたくさんもらいまいした。空豆が今の季節の野菜なのだと知ったのは最近のこと。何年か前のビールのCMを思い出します。その空豆を母も今年は植えていて、前に帰った時に「紫の花が咲くねんで。豆の実が入って無いときは上向きにさやがなってて、豆の実がなったら下向きになるねん」山盛りの空豆を塩ゆでして、今後の食材のために保存。夏の少し前、早春の若い緑の味です。季節の味を楽しみます。

200805.17.sat 「よし、と意気込んで」
朝6時。目覚ましのラジオの音が鳴り出す前に、天井を走る激しい足音。夢なのか、現実なのか、うるさいというよりも、何かが落っこちてこないかと怖くなるほど。でも、はっきり現実だと分かっているのに目をあけない。まだ寝ていたい。夜走るのはネズミで、朝方走るのはイタチだと勝手な想像。いつも耳栓をして寝ています。でも、よく聞こえるというだけではなく、体に響くくらい激しい足音。隣のおばあさんの足音の方がまだましかもしれないと思いつつ、目を閉じたままラジオと音がごちゃごちゃで、頭の中がえらいことになって目覚めました。
今日は制作の日と決めていたから、ゆったりした朝です。個展前でいろいろお金もピーピーと大変で、母にヘルプを頼みました。母の野菜とかいろいろ送ってもらえるようにお願いしたのです。私はあまり人に頼んだり、甘えたり出来ない性分なのですが、最近になってそんなことも両親は喜んでくれるのだと感謝をしつつお願いします。「美味しいかわからんけど、豆の煮たんと、こうや(豆腐)たいたん入れといたし」昼ご飯はつくらんでいいように、いろいろミカン箱に詰めてくれたようです。届いた箱にはもりもりの品揃え。母の野菜は小指か親指くらいのにんじんと、空豆と、大根。土付きで虫食いの葉っぱ付きの方が私が喜ぶのをよく分かってくれています。母の野菜を写真を撮ることにしました。久々にオリンパスのPEN-F登場。しかし、久しぶりすぎて絞りとシャッタースピードが分からない。昔の手帳をぱらりと開いて、いつぞやメモったのを探します。こうして作業が遅くなってしまうのでしょうね。1時になってやっと個展の作業開始です。作業と言っても、今回は言葉が主となる展示なので、文章を書きます。「よし、やるぞ」と何度呟いたことか。本当にやります。と思ったら、ピーピーと洗濯終了の音。そうして、私の作業をずるずると遅くなるのです。

2008.05.16.fri 「ポケットに鼻歌とか、なんとか」
今日はいろんな人とお話ししました。楽しかったけど遠足の後の疲れが出るような感じ。午前中、学者であって教授であるような方と話しました。私は頭の回転が悪いから、へらへらとわらってお話しを聞くのですが、その方は気持ちよくいろいろ話してくれます。77歳のその方は、最近、和歌を勉強しているらしく即興でつくったものもいくつか読んでくださいました。お昼すぎには、よく来てくださる喫茶の奥さんの真剣な話し。私も笑って頷いていてはいけないと思うと、だんだん心配顔になってきて、それに気づいた奥さんや職場の人は私を気遣ってくれました。自分が思っているよりも気持ちが顔に出るのでしょう。今日は、それほどお客さまが多かったわけではないのに、いろいろなことがあったなと息をつきます。しんどいことがあった訳ではないのですが、内容の濃い一日でした。
注文していた山之口貘さんの詩集が入荷したことの連絡を大きな本屋さんからもらいました。念願の本を買い求めて上着のポケットにつこんで歩きます。それだけで、なんとなく足どりが軽くなる。こういうことって、どんな風に表現するのだろうか「ポケットに鼻歌」なんてありきたりかもしれない。そう、もうすぐ私の大切な人、とある女性の詩集が本となります。彼女の本もきっとそうなるのだろうと私は思っています。「ポケットにつっこんで気の向くままに鼻歌のように好きな時にめくる」私もいつかそんな本をつくりたい。時間をかけても、何年かけてもいいから自分の思うかたちを伝えたいなと考えています。来年ぐらいにとかいろいろ考えていたけど、まだままだ先だなと思うようになっています。急ぐことはないのです。時間をかけて思うものをつくりたいです。

2200805.15.thu 「耳を傾ける」
今日は京都の三大祭りのひとつ葵祭り。京都に住んで5年は経ちますが、まだ実際に見たことがありません。お茶屋は例年三大祭りはどの時も、平日でもいつでも賑わうのですから、やはり各地から人が集まってきているのでしょう。遠くにいる人の方が京都のことをよく知っていると思います。
家に帰って、ご飯の準備。前日に作ったひじきの煮物にそうめんをあえる簡単ご飯。疲れているせではなく、ひとりだからこそのお手軽メニュー。食べた後に、部屋の片づけをしようと思っていましたが、手元にあった本をなんとなく読みはじめます。そのうち外から聞こえてくるのは拍子木の音。今日の人は疲れているのか弱いたたき方だなと思ってたら、うちの前で立ち止まりポストにコトンと響く音。それだけで、明日は火の用心の当番なのだということがわかります。今の家になって、表の音、隣の人の声、天井裏の響きなど。耳を澄まさなくても、自然と聞こえてくる音が多いように思います。コンクリートで密閉された前のマンションや、実家の家族のいる賑やかな場所と比べるから特にでしょう。まぁ、今はテレビもないような家なので、それも理由のひとつだと思います。ギャラリーによく来てくれる人が、息子さんの小学校の宿題で「夜に目を閉じてきこえてきた音を全部書いてきなさい」というのがあったと言っていました。それを聞いた時に、なんて素晴らしい先生なのだろうと思いました。耳にする音、目にする景色でも、気にしなければ記憶に残らないし、考えようともしないと思います。でも、それでも、どんな小さな音でも、雑草でも、気を留めて気持ちを注げば、小さな世界が広がると思うのです。何かに繋がると思うのです。私も耳にする音を拾ったりしてみようかなと思ったことがあります。でも、たぶん今だったら、小動物の足音、たまに激しい何かを追いかける音、コトンと何かを落とした音、もしくわ隣の人の階段を上り下りする音など。最近の日々では、実況中継のように天井の上のことや隣の人の音を書き出すことになるのは確実です。

2008.05.14.wed 「自称詩人」
職場は歩いて20分ぐらいだし、電車に乗るのは週一回。今日はその日でSEWING GALLERYの当番の日。貘さんの本を鞄に入れて星ヶ丘に向かいます。電車の中で読んでいたら、最初に読んだ本よりもいろいろな詩があって、思っていたものと違うものもいくつか。結婚される前の詩とその後、違うのも当然のことでしょう。
貘さんの本を読みながら「作家」という肩書きよりも「詩人」の方が自分に合っているんじゃないかと思いました。というより「詩人」の方がいいなと。上手い詩なんて書けないのに、偉そうなことを言っていると思われそうです。でも、詩人は偉い訳ではないのです。上手な言葉というよりも、その人自身の言葉を綴る人。そう言えば、冒険家の植村直己さんも草野心平賞をもらっていました。言葉を書いている人だけが詩人ではなく、その人の生きる姿勢をいうのでしょう。でも、もうひとつ大切なことがあって、それは「お金がない」ということ。詩人というのは貧乏なのです。収入には繋がらないことなのです。お金にならない自分のしたいことをしている訳ですから当然の事。ということで、作家やアーティストという肩書きよりも、自称 “詩人” ぐらいが私には心地いいのかもしれないと思った訳です。それでも詩人というからには、やっぱり言葉は綴って行きたいし、作品も発表していきたい。だからお金は出ていくばっかり。それでも、そんなことを続けている訳ですから、詩人としての資格は充分に持っているはずなのです。
今日ギャラリーに来られた方が、冊子「歩くということ」を買ってくださいました。個展の前だし葉書を渡したけどあんまり反応がよくない。もしかして、と思って聞いてみると横浜の方でした。遠くの方からは短冊を送って頂いていますと言いつつ、今日ぐらいから横浜の高島屋で京都の物産展があって自分の作った新茶のミニのぼりが、とあるお茶屋のブースに飾っていることを伝えました。その方は明日には横浜に帰るから行ってみますとのこと。まぁまぁ、よかったら、お近くにお住まいの方は横浜の高島屋の京都物産展に行ってみてください。小さい刺繍の文字のはいった新茶ののぼりを見付けるかもしれません。

2008.05.13.tue.午後から雨 「そういう人」
「あ、やってしまった」と思った後には、もちろん事がすんだ後。それでも、まさにその瞬間には声が出ない。そういう人。仕事中、沸かし直すためにヤカンにお湯を入れようとポットを傾けていたら、手が滑って “ バシャ ” 。派手にひっくり返し、左手の甲に思いっきり熱湯をひっかけてしまいました。その瞬間に「熱い」ともなんとも声が出ず「やってしまった」と気持ちの中で思うばかり。それから、すぐに手を冷やすわけでもなく、後ろにいる人に気づかれないように黙って作業を続けようとすると、水が飛び散る音で振り向いて「どうしたん。早く冷やした方がいいよ」。大騒ぎにしたくないから、ハハハと笑って真っ赤になった手を井戸水で一応冷やします。一応と言っても、やっぱり、ひりひり、じんじんと痛くなってきて、心の中では大丈夫かなと不安な気持ちも。でも、その場を見ていない人には気が付かれないように、黙って水で洗い物をしつつ手を冷やしました。仕事が終わってからもひりひりしていて、何カ所かの赤みがひかないまま。熱いこととか、痛いこととか、周りの人にすぐに言えたらいいのですが、迷惑をかけたり心配させてしまうのが嫌で言えないまま。家に帰っても、やっぱり赤いままでひりひりと痛みます。きっと、家族や気持ちを許せる人の前なら大げさに痛いというのだろうなと、静かに傷む手の甲を見ながらなんとなく思います。
仕事の帰りに大きな本屋によって、山之口貘さんの本を探しました。欲しいものはのは取り寄せで、違う単行本を一冊購入。自分の言葉を綴る前に、出来るだけ貘さんの詩を読もうと思います。

2008.05.12.mon 「いつか暮らしの音となる」
と、と、と、と、と。
ど、ど、ど、ど、ど。
た、た、た、た、た。
朝も、夜も、下にいても、上にいても、頭上では軽やかな足音が響きます。去年の今頃は聞こえなかったのに、今年は、まだ見ぬ同居人のベビーブームだったのでしょうか。夜に聞こえるならネズミだと聞いたのですが、朝も晩もなのでネズミだけではないかもしれません。足音が聞こえるたびに天井を見上げてしまいます。でもいつか一人暮らしの中のひとつの音になるような。出会っていないから、そんな調子のいいことが思えるのでしょう。でも出会ったとしても、そう思わないとやっていけないことも分かっています。

2008.05.11.sun.pm 「詩が書きたい」
仕事が終わって家に帰り、なんとなく台所の整理をします。その後に、まだお腹がすいていないから昨日買った本を開きました。会社で豆餅と麩まんじゅうを頂いて食べてしまったからお腹がすかないのは当然のこと。「本日中に」という生菓子をもらった時にはどうしたもんかと考えます。ご飯は食べた方がいいのか、お腹と要相談です。
そう、書きたいのはそんなことではなく、昨日買った本のこと。高田渡さんの「バーボン・ストリート・ブルース」を読んで、そこに出てくる何人かの詩人に興味を持ちました。渡さんは自分で詩を書くことをやめて、興味を持ったり共感できる人の言葉に曲をつけて歌っていました。有名な「生活の柄」もそうで、私が昨日購入した山之口貘さんの詩です。その貘さんの詩がなんとも私の書きたい感じなのです。いろんな詩人の方がいます。たくさんは読んでいませんが、もしかして私の思う人かもと感じた方は読んでみました。菅原克己さんもそう。今回、貘さんの詩を声を出しながら読んで笑ってしまいました。自分の暮らし、生きている様子を伝えるのに、こんなに短い言葉で綴ることが出来るのだという発見もありました。今、京都の町家で住んでいることで気づいたことを書きたいと思っています。貘さんの本を読んでから思ったのは、一冊の本にまとめたいなら一度書いてもう一度推敲する必要があるということ。貘さんの言葉は、詩なのです。生活のことを綴った詩。私も詩が書きたいと思うのです。短い言葉で、日々や暮らしを綴ってみたいと思うのです。

2008.05.11.sun 「電話しよう」
昨日から、新茶が発売されました。気持ち新たに活気づくお店の雰囲気が気持ちいい。私の作ったミニのぼりもお店のそこここにディスプレイされています。会社の方のお力になれて嬉しいです。そして、今日は母の日。表紙の締め切りもあるので、高槻には帰れません。また、落ち着いたらゆっくり帰ると電話しようと思います。
昨日、今日と、しっかりやっぱり筋肉痛です。階段の下りが辛い。まだまだ疲れが残っているのか、後もう少し、後少しと布団から出られませんでした。そんな浅い眠りに見る夢はいつもへんてこで、屋根の上を馬が走っていました。何かを追いかけていたような。内容は思い出せないのに、自分がいるワンシーンが頭から離れません。

2008.05.10.sat 「朝顔の向き」
最近、個展の葉書をいろんな人に渡します。絵を後で見てもらおうと思って、宛名面を向けて渡します。宛名面は横書き。だから、表面の絵も横向きに見てもらえると思っているのですが、結構みなさん縦向きにして見られます。私としては朝顔が格子戸に巻き付いている様子を描いているつもりなので「横向きなんですが」とぼそっと訂正してしまいます。いつもなら絵の面に展示の題名を入れているけど、今回は作品だけ。いつもと違うこともいいことだと思っていたのに、そんな落とし穴があるとは。まぁまぁ、でもでも、見る人の心地よい形でよいではないかとも思い始めています。横向きに伸びる朝顔だってあるんだしと自分に言い聞かせつつ。さてさて、皆様、私の葉書を手にしてどちらが心地いいと思われましたか?私のイメージとしましては、格子戸に巻き付く朝顔なのです。でもでも、お好きなようにご覧下さい。気持ちに、すんと落ちてくるものが一番優しい形なのでしょうね。
葉書をいろんな方に送ってから、メールを頂きました。最近、会いたいなと思っていた方、まだお会いしたことのない方、私の言葉に立ち止まって冊子を買ってくださった方。そんな方々の言葉を励みがんばりたいです。って最近、がんばりたいとかばかり書いていますね。実はまだまだ、しっかり形が手元に現れていないからなのです。もちろん、描きたい内容は決まっていて揺るがないものがあるのですが。がんばります。
また本を購入。お金もないのに衝動買い。昼休みに三月書房で高山植物ポケット図鑑と、インターネットで山之口貘さんの「桃の花が咲いていた」、金子光晴さんの「マレー蘭印紀行」。まだまだ読みかけの本があるというのに。働き初めてから経験したことがないのですが、ゴールデンウィークとやらをもらえるならば、今持っている読みかけの本を落ち着いて全部読んでしまいたいです。気ままに電車に揺られながらか、敷きっぱなしの布団に寝っ転がりながらとか。でもそんな風にしていたら、いきつくのは夢の中かもしれませんね。それも理想のゴールデン。そんなことを思いつつ、ぱらぱらと買った本を眺めます。

2008.05.09.fri 「山あり谷あり10時間」
10時間歩きました。まず目指したのは滋賀県比良山系、武奈ケ岳1214m。そこから、また下って、登って、下って、岩場をよじ登って、強い風にふかれまくって、また下って、計約10時間。ただの平面の道ならばともかく、登り下りの山は運動不足の体に堪えます。それでもでも、汗だくになって登り、普段の生活にはないものを体験出来ました。頂上の三角点では、今の季節の山々をぐるり一面パノラマで楽しめて最高の贅沢でした。簡単には語れないくらいの冒険なみの登山でしたが、無事に下山できてよかったです。降りてから見る自分の登った山のてっぺん、上の方。やったったなんてガッツポーズするより、ほんまにあそこにいたんやろかと思ってしまいます。それは、その次の日に体中が筋肉痛になるなんて考えもしないころのこと。まぁまぁ、それでも、やっぱり、また登りたいです。てっぺんの風をまた感じたいです。普段の日常では感じられないことを、汗かいて体全部で体験したいです。

2008.05.08.thu 「にんじんのヘタ」
朝、起きて台所に行ってお湯を沸かそうと思ったら、流し台に見覚えのない歪な形のにんじんのヘタ。なんでこんなところにと、手にとってよく見るとカリカリとかじったような跡。ついに現れたのです。小さな同居人がすぐそばにいるということ。一枚板を隔てた関係でいましょうと天井に向かって勝手に約束をしていたつもりなのに。それも一方的な約束。姿は見ていないと言っても出会った時にはもっと衝撃を受けるかなと思っていました。でも、形跡を見てもそれほど驚きもせず「どっから出てきたんやろか」てなもんで。縁の下の小さな扉の前と、穴が奧まで続いているかもしれないところにレンガを積み上げました。以前の私なら、もっと大騒ぎしていたように思います。一年町家に住んで、ある程度はおおらかになっているみたいで「あらあら、まぁまぁ」と話しのネタをみつけたように人参のヘタの写真を携帯電話のカメラで撮りました。

2008.05.07.wed 「久々が嬉しい」
昨夜から、今日ギャラリーでする作業を準備していました。東本願寺の表紙の仕事、個展のDM送り、注文をもらっていた冊子「歩くということ」の製本、いろいろ手紙を送る準備。朝に思い出して用意すると、きっといつも以上にバタバタするのは分かっていたので、一応前日から準備します。ギャラリーについて、すぐにやることを書き出し、机の上にいろいろ並べて作業の準備をします。一応、思うところまでは出来たのですが、どうしても気が急いてしまうから、ひとつ終えて深呼吸。また、終えて息をつくと言った感じでした。
ギャラリーが始まってから5年間、ずっと水曜日の当番をしています。仕事の都合上、週に一回しか星ヶ丘に行くことができません。いろんな気持ちの日がありますが、週に一度、星ヶ丘に行くことは私にとって大切な時間です。始まった当初、いろいろ積極的に話しかけていたからか、水曜日に会いに来てくれる人が何人かいたように思います。嬉しいことです。でも、長く続けていると、なかなかそういう訳にもいかず「あの人はどうしているのかな」と思い出すこともあります。今日は以前、よく水曜日に来てくれていた人が来られました。偶然かなと思って、話しを聞いていると「畑尾さんに会いに。元気をもらいに」と嬉しいことを言ってくれます。なんだか、久々です。長く続けていると、当たり前になって慣れてしまうことがあります。本当はいつでも丁寧に接して行きたいのに。彼女は終わりまで私を待ってくれていて、一緒に枚方まで歩いて帰りました。そういえば、前にもそんなことがあったねと話しながら。続けているから、色々考えます。続いているから、思い直すことがあります。そうやって続いている、今この時に感謝します。
家に帰るとラスティックハウスの鵜飼さんからメール。マリンガールズのライヴに二人予約が入ったとのことです。大切にしたいのは人との繋がり。人との出会いがあるからこそ、今のような活動を続けることができています。「続けたい」という志の前に、人と出会いたいという気持ちが私の背中を押します。力をくれます。もう一度、深呼吸。気持ちを引き締めて頑張ります。

2008.05.06.tue 「小さな蕾」
天気の好い朝、必ず眺めるのはベランダに並んだ植木鉢。職場の人にもらったクンシランすら今年は咲かなかったのでどこを見ても緑豊かです。つまり、花がほとんど咲いていないということ。ひとつだけ花がついているのはサボテンの一種で白く健気に咲いています。意志の疎通が出来たのか「ほっといてんか」という彼女の気持ちを理解して水をあげなくて正解だったようです。他に、サンスベリアは構いすぎで枯れてしまい、山紫陽花はやっと根っこがついたという時に土を掘り起こして失敗、母にもらった花も水のやりすぎで寝腐れ。なかなか、言葉を発しない植物との付き合いは難しいもんです。それでも、こんな私につき合って新芽を出してくれる植物にはありがたいと感謝せずにいられません。
今の家に引っ越しをした時から、ベランダに大きなオリーブの木が一本ありました。5月頃には白く小さな花が沢山咲いたので、もしかして実がなるのかもしれないと期待しました。しかし、花は咲いて、そのまま散っておしまい。私の世話の仕方が悪いのだろうかと反省も。秋になってから人に聞いたのが、オリーブは種類の違うものをふたつ並べて二本にしないと実がならないということ。なんとも、素敵な話しを聞いたとすぐに花屋さんに行きました。オリーブの売ってそうなお洒落な花屋さんで値段を見ると1万円以上するものばかり。すぐに花が咲くような大きいものを見るのだから仕方がありません。それでも、諦めきれなくて小さなお店を覗いてみると、すみっこの方に枝が伸び放題のオリーブを発見。おそるおそる値段を聞くと、お店の整理をしたいので1500円でいいとのこと。もちろんすぐに購入して、ベランダの大きなオリーブの横に並べて置きました。あれから半年。そろそろ大きな方は蕾をつけだしました。後で購入した方は新芽が出ているのですが蕾はどこにもなく。そう簡単には無理かと諦めかけていました。ところがところが、今日の朝に蕾のついた芽を一カ所発見。嬉しくなって小さい方の植木鉢をぐるんと回して大きい方の近くに蕾が行くようにしました。まぁ、実がなるのは無理かもしれないけど、可能性はあるということで。お節介な仲人です。本人同士の問題だというのに期待ばかり。後は若いもんに任せてと言いつつも「どうえぇ」とつついているのですから。しかし、やっぱり楽しみなのですから仕方がないでしょう。実がなったらどんな風にしようかといろいろ考えてしまいます。

2008.05.05.mon 「今日は月曜日」
今日も目覚めが悪い朝。というか、すぐに布団から飛び起きることができません。今頃の気候のせいでしょうか。目が覚めてからも、ごろごろ、ごろごろ。
土曜日に、前回、前々回の個展に来てくださった方々に葉書をお送りしました。今日は全国各地の知っているお店、そして少しでも繋がりのありそうなお店、60店舗ほどに七夕の個展の葉書をお送りました。仕事の前の短い朝の時間に配送の手続きに行くので、運送会社の方が60通のチェックをしている時に焦ってしまって、シール貼りを一緒に手伝わせてもらいました。今後、第三弾目の葉書郵便の作業があります。パソコン等の機械での管理ではございませんので、いつも届いているのに届かないなと待ってくださっている方は遠慮なく御連絡ください。また、二通届いたという方は、間違えたんだなと思って黙って心の奥に留めておいてください。
昨日の夜は、職場であるお茶屋のミニ新茶のぼりを完成させました。いつまでも、形が決まっているのに未完成のものが手元にあると気になって仕方がありません。と言っても個展の作業は進まないまま、東本願寺の次の表紙のテーマを頂きました。頭の中はいっぱいいっぱいですが、すべきことがあることに感謝しつつ頑張ります。
今日は5月5日、子どもの日、祝日。何度も、何度も、今日は月曜日なんだと気持ちの中で確認しました。そう、明日は火曜日。ゴミの日だということを忘れてはいけません。その他、いろいろと連休ということもあって自分の中のペースが狂いそうです。今日は月曜日、明日は火曜日、明後日は水曜日で星ヶ丘。忘れてはいけないことは手元にあるメモに描き込みます。最近忘れっぽいので、家中にメモとペンを置いています。
明日も仕事。気持ちを込めて、出会うお客さまに対して丁寧に対応していきたいです。ひとつ、ひとつ、丁寧に。ひとり、ひとり、丁寧に。

2008.05.04.sun 「さすがに、やっぱり」
また、目覚めが悪く布団でゴロゴロ。いい加減、飛び起きて煎茶を飲みます。お弁当を作ってから、新茶ののぼりの制作の続きをして、自転車でダッシュ出勤。昨日から連休本番。さすがに、やっぱり、お客様は多く、てんてこまい。終わり近くには声もかれて、額の汗をぬぐいます。まだまだ、明日も明後日もあるのに疲れている場合ではありません。でも、やっぱり忙しい。そう、稼ぎ時なのです。仕事が終わってから、職場の人と話をしていると、なんてことないことで涙が出るくらい笑っている自分。疲れも、ふっとびます。仕事中と、仕事後のバランスの取れた関係。本当に素晴らしい職場です。明日も、がんばれそうです。よし、がんばります。
ちらりとRUSTIC HOUSEのホームページを見るとマリンガールズの告知を載せてくださっていました。やっぱり嬉しい。前向きに好いライヴがしたいと気持ちが引き締まります。

2008.05.03.sat 「案内とのぼり」
仕事は休み。みっちり制作と言いたいのですが、案内を送る準備をしないといけません。今回は、最初で最後の最高枚数3000枚。個展のことを伝えるためだけでなく、短冊を星ヶ丘に来られない方にも送っていたくために、日本各地に送りたい。でも、知っているお店というのは限られているし、こちらの思いだけで一方的に送るのですから、迷惑ではないかと心配になります。結局、切手を貼って最近個展に足を運んでくれた方に300枚近く、それと50店舗近くのいろんなお店に宛てて送る準備をしました。個展の作品は出来ていない時に案内を送るので、たくさんの人に見に来て欲しいという欲はまだなく。ただ、無心に送る準備をします。
夜には会社の人が家に来て、新茶のミニのぼりの制作。自分は休みだったから、カレーを作って、ご飯を炊いて待っていました。しかし、彼女は会社でもらったという鯖寿司を持ってきてくれて、鯖寿司をおかずにカレーを食べるというややこしいことになりました。もうすぐ新茶の販売がはじまるので、今日中に作ってしまいたかったのですが、そう簡単にはいかず。彼女が帰ってからも少し作業。一応、何点かは完成したので、明日に会社の人にも見てもらえそうです。

2008.05.02.fri 「朝の気持ち」
目覚ましが鳴る。素早く止めて、また布団にもぐりこむ。
ゴミの日。ガラス戸を開けて、布が揺れるのを少し眺める。朝の光りと風が心地いい。やかんを火にかけて、煎茶の茶葉を急須にふたさじ。一日の始まり。昨日はインクやら食材やら、気晴らしかと思うぐらい買い物をしてしまった。まさに、安物買いの銭失い。簡単なお弁当を作って、お茶を水筒に用意する。煎茶を口にふくみながら、ぼんやり考える。「そして、私はどうしたいのか」数日前の楽しく真面目な食事を思いだし、自分に問いかけている。いろいろ思って、少しだけ見えたこと。今朝の自分の気持ちを信じたいとも思った。答えはひとつでない。答えなんてないのかもしれない。時間をかけて、それでよかったんだといつか思うこと。これまでのこと、これからのこと、そして今。私はどうしたいのか。だから、どうしていきたいのか。どうしていきたいんだろう。
目覚ましを止めてから、三時間。まだ時間が足りない。

2008.04.30.wed 「真ん中の重たいもの」
目覚めの悪い朝。
最近、朝起きて今日は何曜日だったっけと考えることがよくあります。冬から春に移り変わり、ベランダから差し込む光が何となく緩やかで土曜日か日曜日のような気がするのです。でも、日曜日や土曜日も関係なく仕事だったり、休みだったりするのですから「そうか、日曜日じゃないのか」と確認しても、はっきり言ってどうってことありません。仕事から帰っても作業は出来るし、休みの日もしたいことがある。休みが休みではなく、いつでもどこでもフル活動できるのです。しかし、もちろんそういう訳にはいかず、やはり日中仕事をして、帰って家のことやご飯の準備をして、くたびれてダウン。本当はその後の作業が大切なのに。まぁまぁ、なんでも自分次第です。週に一度のギャラリー当番に行ってもなんらかの作業を持っていきます。たとえ進まなくても手元にあるだけで安心します。時間を有効に使えた方がもちろんいいのですが、なかなかそういう訳にはいきません。昨日はギャラリーで企画展「Comics」のパーティがありました。家に帰って少しでも作業をしたいと思っていたのに、何も出来ず進まずやっぱりダウン。そして今日、水曜日は星ヶ丘に行く日。明日は、見慣れたカレンダーを一枚めくります。今月中にしたかったことは、来月に持ち越し。すっきりしない。原因はひとつではないのは分かっています。
なんとなく目覚めの悪い朝。気持ちの真ん中にある重たいものは、今月中になんとかしたい。つまり今日中。重たいものは、流れる日々の中で立ち止まるための小さなきっかけ。なんでも丁寧に向き合って、考えていかなければいけない。そういう時なのです。きっと。

2008.04.26.sat 「くるくる」
父が出かけているというので、母ひとりのご飯は淋しいだろうと夕方から高槻に帰ることに。兄も同じことを考えていたのか、家でご飯のを食べると言って出かけたとのこと。祖母が亡くなって一年と少し経ちますが、母は気晴らしのような派手な外出はしません。朝から畑を打って、障子を張り替えてと、せっせと動いているの姿が思い浮かびます。「あんたも忙しいやろし、帰ってこんでもいいで」そう言われると帰りたくなるのが自分勝手な子どもの心理。結局、三人で外食することにしました。母の日の感謝をこめて豪華ディナーと言いたいとこなのですが、ナイフとフォーク、または和食のかしこまったところにも行きなれていないので “くるくる” へ。“くるくる” とは、母の言う回転寿司のこと。昔も今も家族で回転寿司に行くことがなかったから私たちには珍しいこと。なんとなく特別な感じがします。週末の回転寿司は子供を連れた家族で賑わっていて、甲高い声があちこち飛び交っています。視線をどこにやっても、小さな子どもが目に入るくらい。私たち三人も、一応、親と子どもではありますが、30すぎの兄妹と母が楽しげにしているのも、まぁまぁひとつのシーンとして許してもらいましょう。今日は兄のおごり。母は申し訳なさそうに、私は遠慮無く感謝。制作が進んでいないので気が急いていますが、やっぱりこういう時間も大切だなと思います。家に着いて、母に切手貼りを手伝ってもらい、個展の案内の宛名書き。一応、作業はいつも持参、そして抜け目がありません。

2008.04.26.sat 「6月22日にマリンライヴ」
7月1日より星ヶ丘で行う個展の案内が出来ました。そう、七年目の七夕。連休に間に合うようにと、いつもより早く完成したのですが送るにはまだ早い。いろいろ落ち着いて準備をします。
そして、個展の前に愛知のRUSTIC HOUSEでマリンガールズのライヴをすることになりました。2月頃に永井さんから紹介して頂きました。連絡をして互いの都合を合わすなら秋ぐらいかなと考えていました。しかし、マリンはふたりでしていますので、相棒の「早めにしましょう」という言葉に背中を押され6月22日の日曜日に決定。前々からそうなのですが、いつも個展の寸前にイヴェントが入ることが多いです。以前なら流されるままにやっていたような気がします。でも、最近は自分でそんな風に予定をいれてします。もちろん大丈夫かなと思いつつ。でも、決めたんやったら丁寧に向き合わねばと言い聞かせます。たぶん重なる時というのは、何か新しい広がりとか繋がりとかがある時なのでしょう。立ち止まって後回しにしていたら、きっとその機会を逃してしまう。私は人前にたったり、作品を発表する機会を持ってこそハタオカズミであるのだから。なんて、最近、植村さんの本を読んでいるから、自分の活動が冒険のように思えてしまって大げさです。でも、自分のしていることというのは続けてこそです。行動してこそ成り立つ。って、日記を書いている場合じゃない、貴重な時間、早く制作に没頭しなければ。
マリンガールズのライヴのチラシの印刷をパソコンでしました。100枚出してから、恐る恐るプリンターのインクの残りを見るとほとんど空っぽ。チラシが完成したのはいいのですが、そんないっぺんになくならんでも、とそっと蓋を閉じました。最近、何も考えずにばんばん印刷していたので仕方がない。

2008.04.23.wed 「自分らしくあれ」
ここのところ、手も頭も固まって止まっていました。4月のカレンダーに「文章を書く!!」と大きく書いています。確かにその予定だったけど、悩んで動けなくなっていました。書きたいことのメモばかりが増え、内容がふくらまない日々。今日はギャラリーで、展示のイメージを考えます。でも、イメージが曖昧になるのは、一番重要な文章がまだないからということに気がつきました。それがある程度出来たときに、私が見たい景色、見せたい景色、見ている人と作品が作り出す景色のイメージが出来るのだろうと思いました。したいことをしたらいい。今の自分だからこそ表現できること、足元をしっかり確かめて作り出したい。やりたいことをやったらいい、まだまだ続けている途中なのだから。今の私にしか出せないものがあるはず。厳しい意見、指摘を受けて、そして考えたこと。今日、ギャラリーに来てくださった方とお話ししたことで思いました。私は私。今の私自身を表現したい。まだまだ続けている途中。私らしい表現を。家に帰ると、7/1 ̄7/13の個展の葉書が届きました。今回は、いろんな意味で気合いを入れて3000枚準備しました。いつもより早く準備したし、最初で最後の3000枚と思って、制作共々頑張って送ります。
今日、読んだのは植村直己さんについての本と、高田渡さんの「バーボン・ストリート・ブルース」。お二人とも静かに真っ直ぐ刺激をくれます。

2008.04.20.sun 「やっぱり、好きな人」
天気のいい日曜日。桜はほとんど終わったと言っても、やっぱり喫茶の仕事は忙しい。声出して、汗かいて、気分爽快に終わったと思ったのですが、終わり頃から右肩に激痛。夜になってもやっぱり痛む。最近、体がガタガタです。
帰りに立ち寄った画材屋さんで、京都国立近代美術館で行っている秋野不矩展のチラシと一緒にある芸能人の方の展示のチラシをもらいました。そう、その人は私が中学生の頃に好きだった人。昔から好きなことに対して夢中になる男の人に惹かれます。年齢問わず噛めば噛むほど味の出て来そうな人が好き。有名な人でも普通の人でも見た目ではなく、そんな人に魅力を感じます。情があって、人間味のあふれる人物が好きなのです。昔、好きだった人が、最近絵を描いていることを知って、まぁなんとなくチラシをもらった訳ですが、そこに書いている言葉を読んで「やっぱり、この人ええわぁ」と中学の時の自分がフラッシュバック。でも、浮ついた心が出る訳ではなく、今の自分の気持ちが重なる気がしました。

2008.04.19.sat 「ひとつ、ひとつ整理しながら」
月曜日に会社の人が家に来て作業をすることになったので、まぁ、それだけではないのですが、いくつか作業が一段落して、気になっていた部分から片づけます。それでも適当な性格なので、ダンボール箱に入っていたものを棚にぽんぽんと並べるだけ。昔、音楽が好きで働いたお金をほとんどCDとかレコードに費やしていたことがありました。休みの日には、大阪か京都に出かけてビルの地下か二階、三階の一見怪しいレコード屋さんにひとりで通っていました。ということで、今はあまり聴かないCDやレコードが100枚近く。あまり聴かないなら、売ってしまおうと京都に持って来たのですが、なんとなくまた棚に並べることにしました。流行りの音楽でもないし、いつ売ったって同じかなとも思い、時間をかけてぼちぼちとレコード屋さんに持っていくことにします。そうやって並べながら、音楽をよく聴いていたころのことや、そのもう少し前、小劇場の芝居に夢中になった頃のことを思い出します。とにかくいつも何かしら夢中になることはあるのだけど、結局長続きしないし突き詰めない性格。どれも、何でも、難しくならない程度に楽しんでいたような。一応、就職していて実家にいたし、お金に余裕があったのでしょうね。本当に好きなことを心地よい程度に楽しんでいました。
最近、近くにいる人に「褒められたいんだろう」と制作活動に対して厳しいことを言われました。ショックでした。そりゃ「いいね」とか気に入ってもらえると嬉しいけど、生活と制作のために働いて、7年、8年個展をしながらやってきた訳ですから、そう言われると、なんとも、どう言っていいか。しかし、私が身近な人にそういう風な事を言われる原因となるような、甘えたことばかり言っているのでしょう。それをまず反省すべきだと思います。私が個展を定期的に行っているのは「続けたいから」。それが、一番の目的というか、目標というか、自分の志すところです。今まで出来なかったことを、まさに実行している途中です。今の自分を評価されたり、厳しい意見をもらった時には貴重な言葉に感謝します。そりゃ褒めてもらえたら嬉しいです。気に入ってもらえたら嬉しいです。でも、一番は自分で自分を満足させたい。その「満足」というのは長く続けた先にあることで、まだまだ手の届かない所にあります。こつこつと続けて「よう、ここまでやったやん」といつか自分で自分を褒めてやりたいのです。そう思いながら、身近にいる人に何か好い言葉を求めようとしてしまう私自身がいるのでしょう。そして、厳しいことを言われて落ち込んでしまうとは、とにかくまだまだ弱いのです。作品のことも、文章のことも、身近な人たちのことを気にしてゆらゆら揺れてしまう。気になって何も出来なくなる時もある。一番大切なのは、何をしたいか、どうしていきたいか。自分が満足せずに、何かを得ることができるのか。そう言い聞かせているのですから、やっぱり途中なのです。自分でいろんな機会を作ることが出来ます。とにかく今はしたいことをしていこう。出来ることをしていこう。人の意見を聞いて、立ち止まって、考えて、そしてまた歩きはじめる。誰かのためにしていることではない。まずは、自分自身の気持ちを確かめがら制作していきたい。そう、改めて思いました。ひとりになると、そんなことを言い聞かせるようにあれやこれやと考えます。今年で7年目の七夕の展示です。同じ場所を同じ季節に見つめてきました。そして、私自身はどの時も同じではない。続けていくからには、進歩や変化や成長も必要です。だから、悩んで、考えて、勉強する必要があるのです。しっかりせなあきません。
片づけの続きをします。途中で止めるからいつも情けないなと自分を責めてしまうのです。しかし、それほど時間も経っていないのに、もう気力の限界。また今回も、ごそごそっと入れ込んで、布をはらりとかけて終了となるかもしれません。いろいろ考えていても、そういう人なのです。

2008.04.17.thu 「突然、お腹がすいてきて」
朝から雨。やっぱり雨と言った感じです。最近、周りに天気に興味のある人が多くて、いろいろ週間予報を教えてくれます。意見の違う時もあって、みなさん自分が正しいと言い張るのがおもしろい。誰かの予報を見て聞いて言っているはずなのに、まるで自分が予測したみたいに、外れた時には落ち込んではります。
雨が降っていたのですが、お昼に鴨川の景色の写真を撮りたくて外に出ました。薄着で出てしまったから、肌寒くて「これはやばいかも」という風邪の前兆を感じました。家に帰ってから薬を飲まなければと思いつつ、仕事はなんとか出来ました。途中、4時頃に「今日はカレーを作ろう」と突然思って、それからお腹が急にすいてきます。まだまだ元気ということです。表紙の仕事のこと、SEWING GALLERYの企画展の「comics」の作品のことが頭の中でぐるぐると回っています。どちらも明日には完成させなければいけません。体調を崩している場合じゃないのです。

まだ見ぬ同居人

冬の夜
ラジオもつけずにパソコンに向かっていると
突然、頭の上で
バタバタバタバタバタバタ
ドタドタドタ
コトン
何が起こったんかわからんくって
体はそのまま、手もとまる
息をするのも忘れるぐらい
なんやったんやろうって、ゆっくり天井を見上げる
しばらくじっと耳を傾けてても
音もしいひんから、手を動かし始めると
また
ドタドタドタドタ
微かに小さい音が
だんだん大きくなっきて自分の上を走るんがわかった
やっぱりいるんや
前に住んでた人はイタチを見たというけど
もう少し小さい生き物のような気がした
それから数日、音のする日もあれば
しない日もあった
三軒続きの長屋やし
両隣のどっちかの上にいるんやろう
出来れば会いたくない
とは思いつつ、まだ見ぬ同居人が気になって仕方がない
ある日
シャワーの工事の見積もりを出しに業者さんがきてくれた
そんなんわからんやろなと思いつつ
なんでもしてくれる人やって聞いてたから
「天井でなんかが走る音がするんです」
と言ってみた
そしたら
「昼ですか?夜ですか?夜やったらネズミですね。
うちにもでますねんけど、なんも対処せぇへんから、
カミさんによぉ怒られますねん」
そんなんよくある話しやで
という感じでぽんぽんと軽く答えが返ってきた
そしてつづけて
「まぁ、出会ったとしても向こうが先に逃げますわ」
その後、にやにやっと笑いながら
「小さい穴から出てくるんですけど、紙とかダンボールとかは囓りよるから 石とかレンガで穴をふさいだ方がいいですわ。
この前、うちのカミさん紙つっこんでましてん。
あんまりここよくないみたいですわ」
とここだけの話しですよという顔で自分の頭を指さした
なんでも出来る人が
なんもせんとほったらかしてるのを聞いて
小さい事なんかもしれへんと思うようになった
出会ったら、出会った時のこと
今は足音だけなんやし
今日も元気ですなと天井に話しかけたらいい
でも、やっぱり会いたくない
互いに恐れてるんやから
上と下との
心地いい距離を保ちつづけたい

「九月の朝顔」より

2008.04.16.wed 「空を伺いながら」
雨が降るのか、降らないのか。なんとなく重たい空を眺めていました。いろんな作業をギャラリーにもっていったけど、いつものごとく仕事になるほど作業は進まず、開かなかったノートもそのまま持って帰ります。しなければいけないことがあるけど出来なくて、急遽、明後日の休みが使えそうなので、少し余裕も持ってすることにします。約束して休みにしていたつもりが、相手はそのことをすっかり忘れていて。まぁ、互いにいろいろやることがあるので、ぽっかり開いた一日を大切にい使いたいと思います。というより、遊んでいる場合じゃないのです。SEWING GALLERYの企画展の作品を明後日には完成させないといけないのです。
今日は朝も夜も、天井の住人が走り回っています。春は大忙しなんでしょう。きっと。しかし、なんで忙しいのか考えます。何をしているのか気になるけど、やっぱり出会いたくないし、気にしないよう自分に言い聞かせます。

2008.04.15.tue 「足の痛み」
朝、起きると左の足首に違和感が。おかしいと思いつつ立ち上がると、痛いというより力がはいらない。そして階段を降りるときに鈍い痛みを感じました。「何これ」と思いつつ、昨日の夜は大丈夫だったし、何が理由かわからない。それでも、原因を考えてみます。
いつも靴下を二枚履いて寝るのに一枚だけだったから、 体が温まる食事をとっていないから、 お酒を飲むから、 歩くだけでしっかり運動できていないから、 お風呂はカラスの行水だから、 お茶とか水分をとりすぎるから、 最近しょうが入りのお味噌汁を作っていないから、 魚を食べていないから、 野菜ばかりのおかずだから、 椅子に座らず正座することが多いから、 というより、あまり座らないから。
くじいたり、ぐねったりしていないので、やっぱり体の冷えからなのかなと考えます。もうひとつ言うならば、後厄あたり、年齢からのサインかもしれません。気をつけなければいけないと、今日は一日中軽くびっこをひきながら歩いていました。朝も、さすがに自転車で出勤。立ち仕事だから、職場の人に迷惑をかけてはいけない。しかし、足を気遣うから精神的にも堪えます。体中に疲労感。おそらくというか、きっと原因が自分の生活にあるはずなので余計に情けなくなります
そういえば、高校生の時に左足のスネが痛くなりました。病院に行くと、疲労骨折だと言われたのを思い出します。当時、ハンドボール部でシュートの際の踏切が左だったからかもしれません。しかし、私自身の体重が重いからというのも、少なからず関係していると思っています。その時は、母に玉ねぎのサラダをたべなさいと言われたような。やはり、年齢ではなく、栄養が偏っているのが原因なのでしょうか。考えられる理由が多すぎで、困ったもんです。とりあえず、お風呂やさんに行って、温めると少しはましになった気がします。明日の朝には「昨日の傷みは、なんやったんやろう」とすっきり爽快に言いたいものです。

2008.04.14.mon 「また、いつもの朝」
朝、ラジオから今日と明日は晴れるという情報が聞こえてきます。どこに対しての予報かはわかりませんが、朝に余裕がないというのに洗濯機に服を放り込みます。お弁当はどうしようと悩みつつ、考えている暇はないのだと冷凍ご飯をレンジで解凍。そして、余裕がないわりには、もう何杯目かのお煎茶を飲んでいます。気が付いたら、朝起きてからまだ一度も座っていません。まぁ、それもこれもいつものこと。部屋を見渡すと、郵便、チラシ、メモなどの紙や服がちらかっていて気になりはじめます。処分しないし、収納もしない、その時だけ綺麗に積み上げるのだから、何度も、同じことの繰り返し。大切なものを無くす原因がそこにあるのだろうとも考えます。結局、掃除機をかけて、すっきりした気分になり一階は終了。そして、二階の布団を片付けていないことを思い出す。ベッドは場所をとるから嫌で、一人暮らしを始めてからは布団の生活。それでも、敷きっぱなしで出かけることに罪悪感を感じて、適当であっても必ず片付けます。いい加減なくせに、気になることは多いのです。でも、大雑把で、きっちりとはしていません。きっちりしていませんが、なんやかんやと気になることが多いから疲れてしまうのです。
洗濯ものを干していて、時計に目をやると出勤時間5分前。着替えなければいけないと、さらに焦りはじめます。簡単に、顔に化粧水、乳液、日焼け止めを塗って、流台の器などの洗いものを片付ける。流し台に生ごみを置きっぱなしというのも気になることのひとつなので新聞紙にくるんで袋に入れます。もう、限界、タイムリミット。行かなければと思いつつ、あっそうや、あっそうや、とウロウロ、ウロウロする。そんな時に、ぱっと目にした数日前のメモに「朝はいつもバタバタ」と走り書き。そういえば、朝起きてから座ったのは一回だけだったような。そりゃ、落ち着きませんわ。
余裕のない朝なのに、いつも歩いて職場に向かう。この歩いている時間というのが、私にとって一番落ち着くのです。至福の時。その時間のためのバタバタならば、やむをえないと思うのです。自転車だったら、それから数分後に出ても間に合うのですが、やっぱり歩いて行きたい。出がけにバタバタでもドタバタでも歩く時間というのは、私にとってそれほど貴重な時間なのです。
そう言えば、会社の女の子に頼まれた作業。「なんだか数が増えそうなんですぅ」と申し訳なさそうな笑顔。ん〜。私はそんな笑顔と、頼りにしてくれる気持ちに弱いのです。“え〜”と言いつつも頼んでくれたことに感謝をして、がんばろうと思うのです。

2008.04.13.sat 「中崎町から四つ橋まで」
久しぶりにシャムアの手伝い。前は週一回行っていたのですが、今は普段の仕事の休みが少なくなり、展示もあったし、なかなか行けませんでした。しかし、オーナーの買い付けや展示も重なって、入る人がいないとのことでお手伝い。大阪に行くと言っても枚方や高槻のこのごろ、せっかくだし少し早く出て中崎町のiTohenへ。以前、iTohenとsewing galleryの合同企画展に参加してくださった武藤亮子さんの展示。ご本人には会えなくて残念でしたが、観に行けてよかったです。
店を出て、適当に四つ橋まで歩きました。今日は日中とても暖かく少し汗ばむほど。一時間で間に合うかなと心配だったのですが、丁度いい具合につきました。その歩いている時間にいろいろなことを考えていました。個展のことなのですが、作品や文章とは違うこと。展示期間中、出来ればひとりで朗読の時間をつくりたいのです。まだ、文章も作品もないのに困ったもんです。それの延長で、今後、本を作るとしたらどうしたいとか考える訳です。でも、まだ文章はないのに。本の制作があるから、来年は個展は一回だなとか。本は時間をかけてつくりたいし、来年は構想を練って、出すのは再来年だなとか。製本か装丁に手作業を入れたいし、出版社が無理なら自分で作るしかない、手作りであっても本のために写真をお願いしたいあの人に文章を読んでもらわなければとか、いろいろ考えていました。なんで、すぐ目の前のことを飛び越して考えてしまうのか。その方が気楽で楽しいからです。 大阪から京都に帰ると、本のために写真をお願いしたい人からのお葉書。タイムリーに憎い感じです。最近会ってないから、たまに彼女のことを思っていました。嬉しいです。そして、また、本のことが頭の中で膨らみます。

2008.04.10.thu 「あきらめない」
最近、BOOKLOREから出版された本「Fantastic Something」の営業活動を地味に再開しています。営業というのは熱意を伝えないといけないという話しを聞いて、一時せっせと知っているお店に宣伝の葉書を送っていました。力になってくれそうな方がいたら、お知恵を貸してくださいとお願いしたり。私は出版社のものではありませんが、形になったものは自分の続けてきたことだし、売れる売れないは関係なくいろんな人が目にする可能性をつくりたいと思うのです。昨年の9月に出版されて、大型店からはすでに姿をけしているようです。溢れるほどあらゆる本が出版されるこのごろ、情けないことに仕方がないと思ってしまいます。発売当初、私の職場の方々はせっせと書店で注文してくれたのですが、その後のフォローが出来なかったから仕方がない。最近、マリンのライブのことで連絡をとっていた名古屋のラスティックハウスさんに続いて、岡山の本屋さん451ブックスさんもお手紙を書いたところ取り扱ってくれるという連絡を頂きました。本当に心より感謝しています。そして、東京は知っているお店がないので、先日友人が働いている会社が本を出したと送ってくれたので、私もお礼として本を送りました。しかし、ずうずうしく「置いてくれそうなお店を紹介してください」とひと言添えて。そして、明日オープンの北海道の喫茶店にもお祝いとして本をお送りしました。美味しい珈琲と共に、誰かが読んでくれたらいいなと。下心満載の贈り物ですが、何よりのいち押しですので仕方がない。もうすぐ、また次の本を出版予定ということですが、私は自分が関わっている以上は「Fantastic Something」の本を大プッシュし続けます。それが、他の本にも繋がると思っています。もう新刊ではないかもしれませんが、私はあきらめません。自分にとっての大切はじっくり愛情を注ぎたいのです。もうすぐ、七夕の個展の案内も出来ます。それと合わせて、また頑張らねばです。

2008.04.07.mon 雨 「喫茶室 豆灯 - toutou -」
朝から、いつものように準備をして出勤。会社に着いて、いつものように水屋に向かいます。当然のごとくお湯を沸かし、社員の方に笑顔で挨拶をしようと思ったら “えっ” という表情。この顔を前にも見たことがある。もしかして……。シフトを見たら休みになっていました。何年も前に一度、そんなことがあって「あ〜、やってしまった」と思うばかり。しかし、忙しい季節。体調を崩して休まれている方もいたので、そのまま仕事をさせていただきました。記憶の中で二回目となると、笑っていられません。今後は本当に気をつけないといけません。
今日は一日、雨。家に帰ると雨漏りスポットは久々に水浸しになっていました。この雨で、桜は散り、そして木々は芽吹くのでしょう。春が本格的にやってきます。郵便受けには高松のお店からの葉書と、北海道の方からの案内。北海道の方は、私がもの作りを始めた時に、東京のイヴェントで出会った人、あゆみさん。暖かい灯りを灯すキャンドルを作られる方です。いつか、二人で刺繍とキャンドルで展示をしたいですね、と出会ったその時に約束したような気がします。でも、北海道と関西はやはり距離があり、葉書のやり取りと、一度大阪で顔を合わせただけ。最近、ご結婚をされて、ご主人は珈琲豆の焙煎をしている方。その豆を京都の喫茶店に卸されていることで、私自身個人的に再会をしました。そして、ついに、北海道でお店を始められるそうです。「喫茶室 豆灯 - toutou -」珈琲豆を焙煎されるご主人と、キャンドルを作られる奥さん。二人のお店、“豆灯”なのでしょう。札幌よりは少し離れるようですが、一度、ぜひ会いに行ってみたいです。オープンは4月11日。心より応援したいと思います。
そう言えば、私自身も、昔、お店をする夢がありました。前の職場にいる時に、その夢のために、せっせとお金をためていました。雑貨店で働いていたのですが、私がしたかったのは雑貨を扱う場所ではなく、カフェが流行っていた時でしたがカフェのイメージもなく、人が集まる場所をつくりたいと思っていました。ただ、漠然と、そんな場所を作ることを思い描いていました。それから、sewing galleryと出会いました。私の思っていた場所はギャラリーだったのだろうかと考えたこともあります。今、その答えはわかりませんが、いつか人の集う場所をつくりたいという気持ちはあります。人と人が出会う場所。人とものが出会う場所、人が季節と触れあう場所。いつか、どこかで、その時が来るならば。

「喫茶室 豆灯 - toutou -」
北海道網走美幌町仲町2町目80-1 tel: 0152-72-5675

2008.04.06.sun  「頼まれて」
本日はやはり満員御礼。トイレに行く暇さえ見付けられないほど、回転好くお客様が入られます。もう、忙しいなどと思っている暇も与えないくらい、次から次へと説明に出ないといけないので、終わった時にはスポーツを終えた後の爽快感すら感じます。それでも、お客様がゆっくりお茶を飲んでくれていたらいいのですが。そこが一番、気になります。
最近、職場の方から相談を受けました。それはもの作りのこと。そういうことが得意と思って頂いていて、これまでもいろいろと頼まれて来ました。茶びつの柿渋塗りや、口切りのための袋を和紙で作る作業など。「あんた、好きやろ」のひと言にyesと答えてからは、それが私の仕事となっていて「辞められては困る」などとも言ってくださっています。難しいことではないのですが、細かい作業なので飽きっぽい人には向かないかもしれません。たぶん私は接客よりも、そんなコツコツ作業の方が向いているので、そこを見込まれたのでしょう。そして、先日、職場の方からまた違う相談を受けました。出張で行く関東の催事の売り場のための小物を作って欲しいということ。自分の活動というのは直接関係のある喫茶室の人にしか詳しく話していません。会社となると、いろんな人がいるし、分かりにくいだろうと思っているからです。それでも、何かもの作りをしているのは知ってくれているから「こんな物をつくりたいのですが」と相談を受けました。仕事としてではないというのは分かっています。それでも、会社の方から頼まれるというのは嬉しいことで、一生懸命に仕事のことを考えている彼女の力になりたいと思いました。
仕事が終わってから、材料の布を見に行きました。帰りが同じ方向だったので、職場ではしない話しをしながら歩いていると、ほとんど自分の家の近所まで来ました。ここまで来て、家の話しをしていて上がって頂かないのも、なんとなく不自然かなと思い。片づいていない部分もあるだろうと思いつつ、家に上がってもらいました。きっと、町家を見ることも貴重だし、いろいろ勉強になるかなと思って説明しつつ案内もをします。それから、自分の作家活動の説明というか話しをします。彼女とそんな風に話すのは初めてです。それから、彼女が依頼するものについて話します。個展前だしやることもあるのだけど、頼ってくれたことが嬉しくて、出来る限りのことは力になりたい思っています。と言っても、それほど大変な作業ではないはずなのですが。きっと。まぁ、心地よく、彼女と二人で作業をして行けたらいいなと思います。完成したものは、新茶の季節に横浜の百貨店で見て頂けるとのこと。こっそり関東進出です。

2008.04.04.fri 「今日は何かあるんですか?」
桜もこの土日が本番とか。ここ数日、天気の好い日が続いているし、まだ冷たい風が心地よく感じます。京都に来てから、一番楽しみな桜は出町柳より北に上がった高野川沿いの桜です。とくにライトアップをするようなこともなく、宴会をするほど人が集まる訳でもなく、ぶらりぶらりと歩く人たちとすれ違うのがまた心地いい。今年の桜を観ていて思ったのは「こんなに白かったのだろうか」ということ。幼い頃から桜はピンクだと思っていたけれど、透き通るような白い花びらを冷たい風が揺らすのを見ていて、気持ちの中がシンと引き締まります。毎年、同じ桜の木を見上げて白く感じるのは歳を重ねたせいなのでしょうか。それとも、この時代の温度差や環境の変化のせいなのでしょうか。どちらにしても桜を観て、もう春だと賑わう気持ちは、まだ少し先にあるような。花を見上げて思うことはきっとそれぞれなのでしょう。ひとりで観るのと、ふたりで観るのも違います。ましてや大勢になると丸山公園の宴会になります。それも春を呼ぶ風景のひとつです。
京都、日本茶専門店の喫茶室も、例年変わらず大にぎわい。午前中はゆっくりなのですが、午後には並んで頂くことも。「今日は何曜日でしたっけ」と仕事が終わって聞くことが週に何回もあります。つまり、土日とかは全く関係なく京都観光にこられる方が多いのです。そして、今日は、なんとなく特別な日でした。朝、昼過ぎ、夕方に、京都、松江、大阪といろんな知り合いが来てくれました。昔でしたら、知っている人が来ると緊張してあわあわしていたのですが、八年目となると度胸がついて、いつもよりも「よし」と力が入ります。三組も知人が来たこともあって、職場の人に「畑尾さん、今日は何かあるのですか?」と聞かれました。特に何もと答えながら、理由は桜が咲いたということなのかな、と。花を観るためではなくても、人と会ったり、遠出をしたり、きっとこの季節は何か始まりを呼ぶひとつの区切りなのだと思います。

2008.04.01.tue 「やることは盛りだくさん」
4月。急にやることが、盛りだくさんになってきました。3月にのんびりしていたのが、いけなかったのかも知れませんが、やっとオシリを叩いて活動開始です。表紙の仕事、個展のこと、七夕の日のこと、マリンガールズのライブのこと、企画展のことなど。朝、職場まで歩いていく時間に携帯電話から自分のパソコンにすべきことをメールします。見ないかもしれないけど、一応忘れないように。そんなことをしていたから、今日から喫茶室の仕事でいろいろ変わることを、すっかり忘れていて、会社についてから大慌て。
心機一転、春は忙しい。でも、それだけ充実した時間を過ごせるということ。個展三ヶ月前。そろそろ案内を作ります。すべき順番はあるけど、絵が思い付いた順にしていきます。こつこつ、丁寧にと言い聞かせながら、頑張らねば。よし。

2008.03.31.mon 「風の強い日に」
仕事は休み。朝から、郵便物を出す準備。いろんな方に手紙を書いています。いつでも出来そうなことですが、ゆっくり落ち着いていないと出来ないこと。それも、夜より、朝の方が捗ります。時間があるときに、しっかりやらないといけない訳です。
夜はナナエさんの展示とパーティのためにミリバールに行きました。最近はシャムアの手伝いも行っていないので、大阪と言えば枚方か高槻の今日この頃。心斎橋からミリバールまで歩いて行ったのですが例のごとく迷って、すんなりたどり着かず。いつも、お店につくと喜びを感じます。ナナエさんの展示は彼女らしい丁寧な手仕事と、気持ちをこめた作品。初めてというリーディングも、落ち着いていて、その空気を楽しんでいる感じが気持ちよかったです。繋がりを大切にするナナエさんだから、たくさんの人が集まっていて、さすがやなと圧倒されます。というのも、人の多さに戸惑って、何もしないのにオロオロ緊張しっぱなし。それでも、星ヶ丘の顔なじみの方々がいたから、久々の賑わいの中でもゆっくりできました。次の七夕で自分も個展の際に朗読をしようかなと考えていたから、ナナエさんのために集まった人たちを見ていると「凄いな」とまたまた刺激をもらいます。自分は普段マリンガールズとして朗読もしているけど、人集めとか、なかなか、いつも、いろいろと難しい訳で。まぁ、こういうことは比べても仕方がない。私もがんばらなければと刺激をもらって、次への励みにしたいと思います。
今日はDOORの香苗さんからお手紙を頂きました。七夕の後の10月の松江の展示に向けて、ゆっくり話しを進めて行きたいと考えています。さぁ、私もこつこつとやらなければ。まずは、マリンのことで話しを進めるべく、ある方にメール。ひとつ、ひとつ、丁寧に。それが、一番大切なのです。

2008.3.30.sat 「ただいま、在庫ございます」
冊子「呼吸をするように」「雨の唄」そして「歩くということ」、もうしばらくしたら、いくつか完成いたしますので、もし気になる方がいらっしゃいましたら、御連絡ください。今、連絡を頂いた特典といたしましては、“早くお送り出来る” ということ。もし『作品』の項目を見て気になった方は御連絡ください。でも、特典は早くお送りできるということだけですので、その点もどうぞご了承ください。 と、言うのは、最近また冊子を注文頂くことが何回かありました。その時々に、印刷をするので、在庫の有無が曖昧です。でも、個展のたびに言葉を綴って、冊子を手作りながらも作ってきて良かったと思っています。言葉はその時のものですが、確かなものなので書きかえようという気持ちにはなりません。それでも、やっぱり、その言葉に気持ちを留めてくださる方々に感謝いたします。
今年の個展を通した文章を一冊の『本』という形にまとめたいと思いました。まぁ、いくつか文章がたまっても出版社の方から、これでは無理だと言われればそれまでなのですが、いろんな挑戦としてそんなことを考えています。先日、ある方とご飯を食べながらそのような話しをしていると「本を作るということは環境破壊で、殺人行為だ」と厳しいお言葉を貰いました。私の中に生まれた「本を作りたい」という今までにない新たな気持ちは、どうすればいいのかと一瞬、行き場をなくしました。でも、私自身の気持ちはこれまでと変わらず歩みを続けています。その方の言葉頂いてから、私らしい形で表現するべきなのだと思い、いろいろと新たに柔軟に考え始めています。
最近、関東の方から「雨の唄」の冊子を注文頂きました。冊子をお送りして、質感をまず楽しんで頂いたと御連絡いただきました。本をつくる。どんな形になろうとも、私らしさを持つべきなのです。自分自身の言葉を綴った本。たとえ、知らない人に届こうとも、温度の伝わるものであるべきだと思います。今、個展のたびに作っている冊子は、和綴じ、麻布のカバー付、短冊型の封筒入り。利益よりも、展示に合わせて形を考えてきました。それはこれからもかわりません。やはり、自分の思うカタチで、いろんな人に見てもらいたいと考えています。
「雨の唄」「呼吸をするように」「歩くということ」もし気になる方がいましたら、御連絡ください。特典はひとつだけ、今まさに、在庫があるから早くお送りできるということだけです。

蟲文庫 で行った「九月の朝顔」を展示にてご覧頂けます

2008.03.27.thu 「友達」
最近、新しく友達が出来ました。というと、変な言い方ですが、もしかしたら、気が合うのではないかと感じる時というのは互いに同じ気持ちなのかも知れません。そんな気がした出会いです。
先日、その方と二人で西陣をぐるりと歩きました。3時間くらい休憩なしでしたが、喋りながらだとあっという間。歩いている間にふたつのギャラリーに連れて行ってもらいました。ひとつは町家の名残を残しつつ、綺麗に改装したギャラリー。一階と二階を使って、ふたつの展示をしていました。奥に深い台所も、綺麗なカウンターのカフェにしていて、暮らしの匂いが全くしない空間でした。それでも、並ぶ華やかな作品は土壁と木造の建物に和んでいるような気がします。たまたま、持っていた刺繍の鞄に興味を持ってもらったので、また次の個展の案内を持って行ってみようと思います。もうひとつは、町家というか、住んでいる家のひと部屋目に自分の作品を並べて、来た人が自由に畳の上に上がれるというギャラリー。といいますか人の家。まさに、生活の中に作品が並んでいます。表から見ても、中に入っても、子供、家族、暮らしが現在進行形。子供の世話をしながら「すみません。今、片付けます。気にせんと上がってください」という、奥さんというか、気さくなお母ちゃんが印象的。作品はご主人のほんわか優しい絵と言葉。手作りの本と葉書も、子供の玩具や絵本の隙間に置いてい販売。ちゃふだいにお茶を出してくれたので、座って頂いていると自然と視線が下がり、奧の部屋の子育ての風景が目に入ります。気にしていないから開けっ放しなのだと思いますが、なんとなく目をそらしたり、子どもの声に耳を傾けたりしながら、三畳間の展示の絵を見ていました。連れて来てくれた方が「あんたも、子供を生んで育てながら、いろいろ出来る事を見せたかってん」そう言ってにこっと笑います。その言葉の向こうに、私自身のこれからを少し見た気がしました。格好つけずに、自分の出来ることをしていきたい。今も、これからも。だけど、時は待ってはくれないし、その時、その時を大切にしなければいけないと感じ始めています。年齢を重ね、体調も変わっていく。その方と話しをしていて、初めて子どもを育てる自分を思い描きました。結婚の予定もないから今まで考えなかったけど、子どもと向き合うという貴重な経験の可能性を私も持っているのだということを思いました。でも今は、目先の現実を通して考えている自分。まだ知らない経験から、また違った事柄が思い付くのかもしれない、なんて思いつつ三畳間とその向こう側を眺めていました。
私の歩き友達は36歳年上の女性。10人のお孫さんがいます。まさに人生の大先輩。お話しをしていると、私自身の足元を見つめ直すきっかけをもらいます。言葉にはしませんが「今を大切にしぃや」というのが感じられます。また、時間が合えばいろいろ歩きましょうと約束をしました。

2008.03.25.tue 「芽吹く季節」
個展が終わって、ほぉっとしています。この時間が後々に私自身を困らせる原因となることは分かっていますが、このリラックスの時もプラスだと思う自分もいます。しかしながら、やっぱり、そろそろ制作を始めなければ。
ひと雨、ひと雨、心地好い陽気を誘うこの季節。玄関の植木鉢をベランダに持って上がりました。春の光と自然の雨をあげたかったからです。挿し木からついたナニワイバラは新芽をむくむくと出しています。よく見るとローズマリーとオリーブも若い芽を覗かせています。椿だって新しい葉を広げる準備をしています。もし、一日、ゆっくりする時間があれば、ベランダの植木鉢をずっと眺めているかもしれません。草木が成長する様子にかなり興味津々なのです。最近、ニンジンや大根をよく購入します。ニンジンはサラダに、大根は酢漬けにします。買ってきてすぐに、どれもヘタを落とすのですが、それを水につけておくと、しばらくして葉っぱがニョキニョキと出てきます。ニンジンのサラダを作った時に、その葉を入れると栄養というより、ひとつの彩りとなって便利です。でも、そうやって葉っぱを活用するためといいうより、ちょろりちょろりと葉っぱが伸びるのを見ているのが楽しいと思う今日このごろ。
春は頑張らなければいけないと思うから、出来ない自分にぶつかって苦手な季節でした。でも、したいことがあるから、すべきことを見付けたから、最近はそんなことで悩んでる場合ではなく。とにかく、頭を使って手を動かすことなのです。私も小さな命に負けないように頑張らねばです。草木も人間も芽や根っこを伸ばす季節なのです。

2008.02.17.mon.晴 「ショックなこと、というか」
いろんなことに対して、結構前向きなのですが、自分のせいではありながらもショックなこともいくつかありました。
ひとつは、先日、家を出るのにバタバタとしていて、荷物を沢山で自転車のカゴに山盛り入れて、何度も忘れ物をしたからと家に取りに帰っている間に、山用のインナーダウンを落としてしまったようです。くるくるっと小さく収納していたからと言っても、そんなの落ちたら分かるでしょ、てなもんで。でも、わからなかったんです。それよりも大切なことを考えていて、頭がいっぱいだったんです。それが、次の日に気が付いたから、探す場所すら思いつかず。かなり重宝していたから、どうしたもんかと落ち込みます。
もうひとつ。前のマンションの時から一緒にいた観葉植物の調子が悪いこと。水のやりすぎか、どうなのか分からない。でも、手遅れだということは確かで、どうすることも出来ないのが辛い。どうしたらいいんだろう、どうして欲しいのだろうと悩みます。もう一度元気になって欲しいと祈っています。でも、日に日に、元気が無くなっていく。どう考えても、理解できなかった自分が悪いのです。ごめんなさいと心の中で謝るばかり。
もうひとつは。外に出ているとぐしゅぐしゅと目鼻がすること。もしかしたら、もしかすると、あれです。この季節の、あれ。認めたくないから、言葉にはしませんが、お茶の淹れ方の説明をしていても、ぐしゅぐしゅ、ぐしゅぐしゅ。お昼すぎには、頭もぼーっとしてきたから、もしかしたら風邪かもしれないとも考えます。まだまだ、疑惑段階。早々に認めるよりも、いろいろ疑うこと。家に帰って風邪薬を飲みました。外にいる時にはマスクしようと思います。なんでも、どうなっても、まずは気をつける。早々に、あれだということを認めてはいけないのです。
いくつかのショックなこと、性格的にいつまでも落ち込んでいることはないのですが、今の所は、どうにかならないかなと思うことばかり。どれも、見つかったり、元気になったり、思い過ごしだったりして欲しいものです。言葉にしなくても、そう願っています。

2008.03.015.wed.晴 「朝に走る」
最近、あまり目覚めがよくない。寝付きが悪いし、目覚めが悪いとは、気持ち好く熟睡している人に比べて、かなり損をしているように思ってなりません。
今日は休み。二度寝をしてでも布団の中でゆっくりしてもいい日なのですが、真冬に比べ外が明るくなるのが早くなったし、二条城の周りを歩くことにしました。先日、夜に歩いた時もそうですが、朝もウォーキングやジョギングをする人が、前に後ろに連なっています。いきなり走ってもばててしまいそうだったので、1周目は歩くことにしました。1周20分でやめるのはものたりないし、もう1周歩くことに。本当なら1時間以上歩くのが気持ちいいけど、時間の都合もあるからといろいろ考えます。2周目に二条城をぐるりと歩くのはあまり面白くないことに気が付きます。前に北山から丸太町まで1時間歩いていた時の方が景色が変わって飽きませんでした。まぁ、外に面白いものがなければ、自分の中でいろいろと思いを巡らせることもできます。体が温まってきて、なんとなく走り始める。久々に走るから、体が重いだろうと思っていたのですが、意外に快調。「なんや、いけるやん」と思ったのもつかの間、ばてるのも早い。と、ばてる前に2周目終了。本当なら、もう1周走るべきだったけど、お昼ごろにガスやさんの点検が来るから、部屋の掃除をせねばという理由をつけて、早々に家に戻りました。やはり、鍛えるという気持ちで、続けなければいけないことを実感しました。

2008.03.13.tue 晴 「次の季節を誘う頃に」
マスク率の高くなる季節。花粉症ではないと思うのですが、予防のためにマスクをつけます。でも、もっと気をつけるべきは日差し。今から5月ごろまでは、なんとなく痛さを感じます。紫外線アレルギーだと思っていて、晴れて気持ちのいい青空でも、うつ向きながら歩かないといけない。高校生の時よりはましになったとは思いますが、当時の春の遠足や、学校で行くスキーの際に撮った写真は、たくさんの笑顔の中でひとり真っ赤に腫れあがった顔だったことを思い出します。ということで、この季節は、マスクに広いつばの帽子は必須。後は日傘があれば完璧といったとこでしょうか。毎年夏に個展をしたり、これから夏山に登りたいという人には思えません。でも、最近は苦手だった春も、嫌いだった夏も楽しんでいます。まさに気持ち次第なのでしょう。それでも、昔、経験した不快感というのはなかなか乗り越えられず、やっぱりこわごわと太陽の下に出てしまいます。
そう、そろそろ、夏に八ヶ岳に行くために、体を鍛えはじめなければいけない。こればっかりはイメージトレーニングとはいきません。仕事の後に二条城周りをサクサクペースで歩きました。一周20分くらいだったので、余裕のある時は歩くか走るかしたいと考えています。暑くなって、ばててしまう前に実行して、しばらく続けたいと思います。そう、自分に言い聞かせています。
明日は本格的に雨だそうです。夜の好い風と、春を誘う雨。玄関の軒下に並べた植木鉢をベランダに移動しました。春一番を、明日は存分に感じてもらうために。 雨の音を聴いて、風に揺れる布を見ながら、なんとなく高田渡さんのDVDを見たくなる夜。なんとなく、なんとなく。肩の力を抜いてぼんやりと。

2008.03.012.wed.am 「夜と朝」
朝起きて、好い天気やなと伸びをする。それから布団も片づけずに、昨日の日記を読み直して、えらいいろいろ考えてるなと思ってしまいます。夜に深く重たく考えることも、朝になるとけろっと軽くなるようです。気持ちを書いて吐き出したから、新しい空気をいっぱいに吸い込むことが出来ているのかもしれません。そういえば、深呼吸はしっかり吐き出すことが大切と何かに書いていました。まぁまぁ、肩の力抜いて、気楽に行こうやと夜の自分に笑顔で言う。それでいいのでしょう。私はそれだから、いろいろ前向きなのでしょう。呼吸をするように、日々を過ごす。さぁ、今日も好い天気です。元気いっぱい星ヶ丘に行ってきます。

2008.03.011.tue 「ご褒美として」
お昼休みにいつものように、会社の外に出ます。鴨川にするか、近くの公園にするか悩んで、御所に向かいました。行く途中の八百屋で長崎産のニンジンと生姜を購入。そして、御所でお弁当を食べ終わり会社に戻る途中、骨董屋さんでなんとなく気になっていた醤油差しを買いました。ふたつで1500円くらいのもので、自分への個展祝いとして。ずっと、醤油差しを欲しいと思っていたのと、たまにはそんな買い物もいいかなと思って。
明日は久々の星ヶ丘。今、展示してくださっているのは北海道の方です。私が以前、その方のお知り合いから連絡をもらい、代表の中島くんにやりとりを繋げ、今回の展示となりました。少なからず思い入れはあり、遠くからでも何日か来られていることを聞くと、自分も最近そうしていたのでとても共感出来ます。お金とか、時間とか、そういうことではなく、展示したいという気持ちが大事。その人自身のやりたいという気持ちが一番重要なのだと思います。誰かに頼まれてするよりも、やっぱり自分の前向きな思いほど強いものはない。お金がどうこうというと、私自身なんだかややこしいことに感じてしまうのですが、個展等に関するお金は自分の制作への前向きな気持ちの現れだと思っているから、私はこれまでどんな時でもプラスに考えてきました。誰かに頼まれるよりも、強く前向きにやりたいという気持ちを優先にしています。きっと、今、展示してくださっている方もそうだと思います。私は旅をするつもりで個展をします。働いてもらうお金は生活と制作と個展のために使っています。展示のお金が、一回に10万くらいかかろうとも、それ以上になろうとも、そのために仕事をしているし、それだけのいい時間を過ごしたいと思います。普通、誰でもがお金で買えると約束出来ないもの、やる気、前向きな意識に大切なお金を出しているように思います。ものをつくりたいと思う以上、その気持ちを持ち続けたい。自分自身のために、がんばってでもいろんな発表の場をつくって行きたいと考えます。そこにお金が発生しようとも自分らしい意識を持ち続けられるならば、手元に形あるものが残らなくても、他の誰にも感じられない何かを得ることが出来るのだと思います。何が言いたいのかというと、作品の発表をしたいならば、自分の気持ちを確かに持つことが大切だということ。その約束は、お金という形になろうとも言葉よりも確かなものだし、それでいいと思います。人と人の繋がりから生まれる展示ならばなおさら、互いに続けて行く上でそれも大切だと思うのです。

2008.03.10.fri 「そろそろ、春やし」
最近、寒い時期に自転車で通勤していたからか、またぶくぶくと太り始めています。もともと、太っているのだから気を付けなければいけないのです。少し暖かくなってきたし、また前のように、朝、夜一時間ぐらい歩かないといけません。出勤時、早めに家を出て、二条城周りを一周する。出来れば、そろそろ実行しないといけません。夏には山に登る目標もあるし、体力つくりも前向きに考えないといけないのです。
ムシさんから、作品等が送られてきました。今回の作品となる鞄は販売したので、購入してくださった方々には、今からお送りさせていただきます。買ってくださったうちの二名は男性とのこと。五年前の鞄からは考えられません。でも、今の絵柄は特に違和感もなく、とても嬉しく思います。お店に馴染みすぎていた中から選んで頂けたことに感謝をしつつお送りさせて頂きます。でも、何よりも臨機応変に、くしゃっとなった鞄にアイロンをかけてくださったムシさんのお陰だと思っております。ほんまにそう思います。

2008.03.09.thu 「マリンのライヴ」
イタリアン料理店の奥側、真ん中にある階段がステージ。以前のリーディングの映像まで用意していて、前座的に知る人ぞ知るミュージシャンのギターと歌。でも、私はその人をしらない。もうすぐ、出番だという時に鞄を探るとリーディングのテキストが一枚もない、相棒に見せてと頼むが、打ち合わせすらできてないから何が必要かわからない。ついにマリンガールズの番が来る。ステージとなる階段を登るが、気が気じゃない。下ではえらくかっこいいマリンガールズの映像がうつっているらしい。私は必死に相棒に朗読の流れを耳打ちするが、彼女はうとうとと眠り始めて聞いてくれない。朗読が始まり自分のところを読むのだけど、全く声はかさならない。もう訳が分からなくなってしまう。そのうち、下にいる人が自分の詩を好き勝手によみはじめ、みんな口々に喋り出す。どうしよう。どうしたらいいんやろう。
と思っている時に目が覚めました。嫌な夢でした。 布団から飛び出して、早く七夕の日の打ち合わせをしたいと相棒にメールをしました。打ち合わせだけでなく、練習もしっかりしたい。すっきりしないから、七夕までに一回ライヴをしたいなと思いました。しかし、本当に夢でよかった。ほんまにこわかったです。

「火の用心」

京都の町中
小さな町内には存在する火の用心
消防団の方と町内の人がつらつらと行列になって
拍子木を打ちながら練り歩く冬の行事
そんなんが頭の中にあった「火の用心」
それもたまにはあるのだが
また別に
毎日交代で当番がまわってくる
雨の日も
春も夏も秋も冬も、季節を問わない
朝、玄関を出ると
郵便ポストか家の前にぽんと拍子木が置かれている
初めての時にはどうしたらいいのか分からず
ゆとりもリズムもないままに
ただ早く終わらせようと心無く叩いて歩きながら
絶対、慣れてないって気づかれてるわ
そんなことばかり考えてた
それでも自分の中に理想の火の用心があって
「火のぉ用ぉ心」と声を出して
ゆとりをもってカチ、カチと拍子木を叩く
もちろん実際はそんな声を出す勇気などない
人がするのを聞いていると
「カチ。カチ。カチ。カチ」
「カチカチ。カチカチ。カチカチ」
「カチ、カチカチ。カチ、カチカチ」
と皆それぞれ
特に決まりがある訳ではなく
とにかく拍子木を打ち鳴らして歩けばいい
最初はなんとなく叩いていたのが
二度目からは何時くらいに出たらいいんやろうと時間を意識し
三度目くらいになると胸はって
「私がこの町を守ってるんや。ええ音鳴らしたるで」
という気持ちがみなぎってくる
町内を二往復しても三分かそこら
夜空に響く拍子木の音が聞こえてくると
今日も一日穏やかに過ごせたことに感謝したくなる
直接の関わりはなくても互いに支えあっているんやな
回数を重ねるごとに
ひとつの行いの大切さがなんとなくわかってきた

「九月の朝顔」より

2008.03.08.sat 晴 「コトンという音にもいろいろあって」
個展が終わってから、また次への一歩を踏み出すべく、したいことを考えます。でも、あんなこと、こんなことなんて考えている場合ではなく、七月の展示に向けて一点集中しなければいけない。それでも、まぁまぁ、ひとつの展示が終わったのだから、ほっと一息もいいじゃないかという自分。どっちがいいかというと、言うまでもなく前者なのです。
10日締め切りの表紙の仕事のことを考えています。一応、作品は本日出しで送ったので、後は文章だけ。締め切りを延ばしてもいいですよと、難しいテーマだったので、ぎりぎりの日にちを教えてくださったのですが、やっぱり最初に聞いた日にちで提出したい。作品を届けるのに時間がかかるので、文章がなんとなく決まれば絵を描いて送ります。その後、文章はメールで送るの締め切りの日まで考えます。
文章を考えるために、ラジオを消して二階の部屋でパソコンに向かっていると、コトンという音が一階から聞こえてきます。外の通りで拍子木の音が聞こえていたので、おそらく明日は私が火の用心の当番なのでしょう。今日は火災保険の更新をしました。そう、もうすぐ、この家に来て一年が経つのです。緊張から始まった火の用心も何度目なのだろうと考えます。まだそんなにしていないような気もしているのですが、緊張もなく「明日やな」と思えるのは回数を重ねているからこそ。やっぱり一年経ったのですね。
そう言えば、昨日の夜に天井から「コトン」という音が聞こえました。明らかにあやつです。でも、その後にばたばたと走る様子もなく、あやつもきっと「あっ落としてしまった」などと思っているかもしれません。何を落としたのやら。

2008.03.07.thu.晴 「少しうたた寝もしながら」
倉敷の蟲文庫 さんでの個展が終わりました。久しぶりのお店という物のある空間での展示は、少し反省も残りました。もしかして、これまでの白い空間では来てくださる方に頼りすぎていたのかなと考えました。それに慣れてしまい、物のある場所になって説明が少なすぎたような気がします。私のしていきたいことは、丁寧に人と接すること。どんな場所であれ、もっと分かりやすく伝えていきたい、丁寧に考えていかなければいけないと次への課題をもらいました。そうやって、次への一歩をもらえたのは、何度も行く事が出来たからこそ。蟲文庫の美穂さんの心遣いのお陰です。心から、本当に感謝しております。倉敷に通うことも、疲れるということより楽しみだという気持ちがずっとありました。仕事と倉敷通いの日々でも体調を崩さずに、しんどいと思うこともなかったことは、なんでも気持ちの持ちようなのだということをはっきりと感じました。また、いつか蟲文庫 さん通いをしたいです。そのためにも、今これから頑張ります。本当に好い時間をありがとうございました。蟲さん、そして足を運んでくださった方々、作品に気持ちを留めてくださった方々に心から感謝申し上げます。そして、最後の日に電話をしてくれた永井さんにも。私は永井さんのお陰で蟲文庫 さんに出会いました。だから、本当に、本当に嬉しかったです。
さぁ、これから気を抜かずに星ヶ丘の七夕のこと、10月の松江の本屋さんDOORでの展示に向けて考えていきます。そのためにも文章をこつこつ書きたいです。暮らしについても、まだまだ書きたいことがあります。文章がいくつか書けたら、marine girlsではなくハタオカズミで朗読の機会も持っていきたいと考えています。今、やりたいことは、どんどん何でもやっていこうと思います。調子に乗って、ずうずうしく。
今日は一日、表紙の仕事のための制作。文章を出版部の人に一度送って意見を聞いて、そして作品制作の作業に取りかかる。制作をしつつ、絵の具が乾くのを待ちながら、やっぱり疲れているのか少しうとうととうたた寝も。そんなことは普段ほとんどないから、起きなければという意識があって変な夢を見ていたような気がします。

2008.03.06.thu 晴 「九月の朝顔 最終日」
朝6時に起きて、冷凍ご飯を温めて納豆とで朝ご飯。後はいつものように煎茶を飲みつつ、電車は足元が冷えるから暖かくしていかなければと考えます。二週間で三回、倉敷に通いました。会社の人が「もう帰ってきたんか」と仕事をしている私に聞いたので「通ってるんです」というと「え〜」と驚いていました。まわりの人の反応が面白いからそれを聞いて楽しんでいる自分がいます。
寒い時期でしたが、倉敷に行く日はいつも晴れていました。旅気分の展覧会、最終日。さぁ、蟲さんに会いに行こう。

2008.03.05.wed 雪 「九月の朝顔 十三日目」
仕事の後に、東本願寺の出版部の方とお会いしました。休みの日は倉敷に行ったりしているので色校正をするために作品を受け取るタイミングが合わず、直接お会いして見せて頂くことになりました。ご飯を食べながら、今回頂いているテーマについて悩んでいることや、いろいろとお話しをします。今は電話がなくてもメールでやり取りができます。出来れば、いつも会って直接お話しをしたらいいのですが、お互いの時間を気にしなくていいから、どうしても活字のやり取りになります。でも、やはり、会うといろいろ思っていること、気になっていることをお話し出来るので、たまにはこんな機会を持つべきですねと話します。デザートを食べるころには、冊子のテーマの話しからは随分それていましたが、とてもいい時間でした。私はあまりプライベートで食事に行ったり、遊んだりということがないので新鮮でした。仕事なのですが自分として向き合える時間、話しをしながら新しいことを考えていました。
明日は個展の最終日。18切符で職場の人と倉敷に向かいます。今回は日帰り。蟲文庫さんでの展示は、二週間ずっと立ち会うことができなくて、長いようであっという間でした。お世話になった蟲文庫の美穂さんが一番、長い時間私の展示を見て下さいました。少しでも好い時間になったことを心から願います。私にとっては、ずっと念願だった二回目の蟲文庫 。そして『九月の朝顔』と題しての個展の始まり。とても好い機会を頂いたと思っています。もっと、あぁした方がよかった、こうしたほうが、というのは離れているからいつもよりありましたが、それもそれ。この二週間、私にとって好い時間だったと受け入れたいと思っています。

2008.03.04.tue 「九月の朝顔 十二日目」
個展は続いています。書きかけの文章がいくつかあるのですが、表紙の仕事の方が締めきりがあるし、まずはそちらを、 せねばと考えます。出版部の方にメールで相談しつつ、テーマについて調べつつ、考える。でも、ちょっと休憩と本をインターネットで検索して二冊注文。
ラジオから流れる歌謡曲聞きながら、自分の生活は昭和やなとなんとなく思いました。

2008.03.03.mon 「九月の朝顔 十一日目」
今日考えていたこと。東本願寺の冊子の文章、 蟲文庫さんでの個展のこと、そして今年の展示のこと。近いこと、遠いこと。でも、鞄の中の植村さんの本のことも気になって。夜に珈琲屋さんで、植村さんの本と、山の雑誌を読んでいました。なんとなく、リラックスした時間。久々です。
「自休自足」という雑誌にBOOKLOREから出版された本「Fantastic Something」を載せて頂きました。私が以前、お世話になった方が、一年くらい経ってからご連絡を下さって、相談したことから始まりました。Fantastic Somethingという本を、直接会うことの出来ない人にも伝えたい。それならばどうすればいいのか。大きな出版社であれば、いろいろと営業をされるのだと思います。でも、個人の出版。そして、一冊目。力になりたい。出来ることと言えば、自分の知っている人に相談をすること。地道にですが、コツコツと時間をかけてでもいいから、本「Fantastic Something」を営業というか、話しをしていきたいと思います。6年かけて形になった本だし、またこれからも時間をかけて伝えていければいいと思っています。人から人へ、地道に丁寧に。私の作業も、そしてFantastic Somethingも、コツコツ、一歩、一歩、。それが大切なのだと思っています。

2008.03.02.sun 晴 「九月の朝顔 十日目」
朝から、私の中で倉敷のお土産の定番と